第54話 木立の日(2)

 その日の夕灯は、いつもと違う、変な音がしていた。波のようにうねる音。


 木立の日のあいだ、シルカルとヒィリカはマクニオスの木での新年の儀に参加しているが、教師や、子供たちや、普段マクニオスで生活している人びとにはすることがない。よって、林で披露会が開かれていた。それも毎日。

 演奏の場を与えられるわけでもない初級生のわたしは、笑顔を振りまき、芸術や食事の感想を述べる。陽が暮れるころにはくたくただった。

 疲労からくるかすかな頭痛と合わさり、その音はじんと脳を揺らす。



 ヴウゥゥウゥゥウゥゥウゥゥ――……



 どうやら、木立の日が終わるらしい。

 披露会だらけの生活がはじまって、六日目のことだった。


 いつものように食堂へ向かうと、初級生が集められている。今日の夕食は陽だまり部屋で出されるとのことで、それを知らないわたしたちが混乱しないようにまとまって行くのだという。


 共用棟の最上階にある陽だまり部屋には、すでに大勢の大人や初級生以外の子供らが揃っていた。その中心の卓にはシルカルたちが座っている。兄姉もいたので、わたしもそこに座る。

 シルカルは初級生が席に着いたことを確認すると、シャン――と涼やかな音を響かせて立ち上がった。


「ジオの新年の儀をはじめる」


 たったひと言で、陽だまり部屋に静寂が訪れた。珍しいことに誰も音楽を奏でていないので、本当に衣擦れや息の音しか聞こえてこない。

 シルカルがぐるりと周囲の人間を見回した。


「まず、次のマカベも私が務めることとなった。これまでと同じように、ジオの土地を良くするために動くと誓う」


 マカベは世襲制ではない。新年の儀で、次の一年のマカベが決まるらしい。

 それがどのようにして決められるのかはわからないけれど、きっと並大抵のことではないのだろう。何年も続けているらしいシルカルがまたジオ・マカベとなることに、大人たちも安堵しているように感じられた。


「次は序列だ」


 シャラン、という音とともに上げられたシルカルの右手。そこからまばゆい光が迸り、天井に大きなスペクトルのようなものが広がった。よく見る横棒グラフ状ではなく、円グラフ状ではあるが。

 瞬間、今まで静かだった陽だまり部屋の空気がざわりと動く。


「デリの土地と差がついているだと……?」

「明らかにスダの土地との差のほうが小さいではありませんか」

「デリの土地が減ったのか? いや……」


 そのざわめきは想定内だったのか、シルカルは無表情で大人たちの様子を眺めている。わたしは彼とその頭上に広がる光を交互に見て、次の言葉を待っていた。

 やがてざわめきの波が引くと、ふたたびシルカルが口を開く。


「この通り、ジオの土地の序列は二位となった。……初級生には理解できないと思うので、説明しておこう」


 このスペクトルは、マクニ・ラッドレというマクニオスの木の中にあるラッドレの色を映したものらしい。

 ラッドレという名の通り、魔力を溜めておくものである。サアレによって、土地で余った魔力が神殿のラッドレからマクニ・ラッドレに送られるのだ。マクニ・ラッドレに溜められた魔力の量で序列が決まるということは、四つ灯の魔法の講義で聞いた通りだった。


 改めて見てみると、いちばん多いのは青と銀が混ざったような色の光だ。これがスダの土地の色。

 続いて赤と金が混ざった光。ジオの土地だ。最初の泉のときから、わたしは赤と金の光を目にしていたが、これは土地の魔力の色なのだ。

 そこからわかりやすく少なくなって、デリの土地の青と金。そしてもっとも少ないのがアグの土地、赤と銀の光だ。


「ここしばらく、ジオの土地とデリの土地は拮抗していたが、今回はいっきにスダの土地に近づいた」

「努力をしてこなかったわけではありませんが、ここまでスダの土地に近づくことができるとは……。ジオ・マカベ、いったい何があったのでしょう?」


 知らない女性の質問に、シルカルはちらりとわたしを見た。……いや、どうしてわたしを見るかな。

 隣に座っていたシユリが、彼の視線を追ってわたしを見て、「まさか」と呟く。


「これからなら、わかりますけれど……」


 ヒィリカも同じように曖昧に微笑んだ。

 そうだ。ラッドレに溜められた魔力なのだから、まだ四つ灯の魔法を使っていないわたしが原因であるわけがないのだ。多分。そうであってほしい。


 まあ、とにかく。序列一位も夢ではないということだ。

 面倒なことは面倒だけれど、味気ない食事が少しでも美味しくなるのなら嬉しい。




 それから夕食会を終えて部屋に戻ると、家具が変わっていた。すべて、質が良くなっているのだ。意味がわからない。

 わたしは久し振りに大きく驚いて、それでも叫ばなかったことだけが成長の証だと自分を褒めた。


 寝具はふかふかで、疲れていたことも相まってすぐに眠りについたようだ。次に目が覚めたのは、真夜中――夜灯の時間だった。

 夕灯よりももっと変な音で、いつもの低い唸りに、カラカラと乾いた高音が混じる。


 一年で最後の四つ灯。

 木立の鐘、というらしい。


 これを聞くことでひとつ歳をとる。わたしは十歳になった。

 鐘を十回、聞いた。

 鐘に十回、身体を鳴らした。


 ――木の立つ鐘を、九つ鳴らし。


 今なら、神さまの言葉の意味も少しは理解できるようになっている。哀しいことに。


 夜が明ければ、四つ灯の魔法の義務が生じるのだ。

 寝坊しないよう、わたしはまた目を閉じた。

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