第36話 フラルネ作りと魔力(1)

 入舎の儀の翌日からは、さっそく講義がはじまる。

 基本的に初級生は全員一緒に同じ講義を受けるものであり、また午後に一つしか講義がないため、時間割のようなものはない。

 昨日と同じ講堂へ入ると――席は決まっていないらしい――、適当に座る。早めに来たので、まだ数人しか子供がいない。そしてその誰とも面識はなかった。


 ぼうっと講堂の入り口を眺めていると、入ってきたヅンレと目が合う。やはり彼はわたしを良く思っていないようで、かなり離れたところに座ってしまった。

 代わりに近づいてきたのはカフィナだ。にこやかに「隣、よろしいですか?」と尋ねてきたので、勿論わたしは快諾する。


「フラルネの作成、緊張してしまいますね。マカベの儀もありましたけど、やっぱり、フラルネを着けているほうが、マカベの一員として認められたという実感が湧きそうですもの」

「そうですね。わたしも、お母様たちがフラルネから楽器を取り出すのを、羨ましく思っていました」


 全員が揃うと、初級生の最初の講義ということで、まずは教師の紹介がある。

 初級生を担当する教師は十四人。四百人近くいる子供たちを一斉にみるため、講義によって主任は変わるが、面子は変わらないという。ちなみにシユリは上の級の担当で、ここにはいない。

 フラルネ作成の主任は、昨日も挨拶をしていたウェファだ。


「本日より、フラルネの作成を行います。期間は、二の週の終わりまで。毎年、一週間ほどでみなさま作成し終わりますから、余裕はあるはずです」


 今日が一の週の二日目なので、七日間のうちに完成させなければいけないということだ。そして普通は四日もあれば完成する、と。

 目安を教えてくれたことで、わたしが周りの子と比べてどの程度できるのか、把握しやすそうだ。


「フラルネにはさまざまな魔法石をはめることになります。その際に、互いの魔力が邪魔をしないよう、フラルネ自体に処理を施しておくのです」


 あの宝石のようなものは、魔法石。よし、これは覚えた。

 ウェファが合図をすると、ほかの教師たちが何かを配りはじめる。


「今お配りしているのは、ヨナが用意した、特別な金属です。すでに腰飾りの形に加工してあるため、みなさまの作業は、魔力を込めることになります」


 ヨナ。はて、どこかで聞いたことがあったような……? が、まったく思い出せない。

 ……まあ、良いか。用意されたものを使えば良いようだし、今はほかに覚えることがたくさんあるのだ。


 教師に手渡された金属は、間近で見ると、とても精巧な作りだということがわかった。細かな鎖が、幾重にも重なった意匠である。

 とにかく、これに魔力を込めて作るらしい。


 スベスベの壁はスクリーンのようになっていて、いつの間にか、ウェファの手もとを映していた。

 スピーカーといい、このスクリーンといい、魔道具は本当に便利だと思う。

 そのスクリーンには、金属のどの部分に、どれだけの魔力を込めるのかが細かく表示されている。……うん? 魔力を、込める?


 わたしの思考が止まる。

 魔力の使いかたなど、わたしは知らない。そのようなこと、誰も教えてはくれなかった。

 ウェファの「それでははじめてください」という言葉に周りの子供たちが動きだすが、わたしはどうしたら良いのかわからなくて、手持ちぶさたに金属を撫でる。

 そっと隣を窺うと、カフィナも、何ということもないといった様子で作業をはじめていた。


「わたくし、魔力は多いほうなのですけれど、量を調節しながら動かすのは難しいですね。レイン様はどうですか?」

「えっと、わたしは……あの、ま、魔力の動かしかたが、わからないのです」

「え?」


 丸い目を、驚きでさらに丸くさせたカフィナがこちらを見る。

 バチリと視線を合わせたまま、わたしたちは数秒のあいだ、固まっていた。

 いったい、どう反応したものか。

 わたしは、魔力がどうこう、という話は何度も耳にしてきたので、確かに魔力はあるのだろう。けれども、わたし自身はそれを感じたことすらないのだ。


「どうかされましたか?」


 と、近くで子供たちの様子を見ていた女性の教師が近寄ってくる。中年の、ほっそりとしているのに骨ばって見えない身体が特徴で、確か、フェヨリという名前だ。

 わたしは彼女に、魔力の動かしかたがわからないのだと伝える。


 途端、はっとしたような視線が集まる。とても恥ずかしい。ギュッと目をつむりたくなるし、両手は、手のひらに爪の跡がつきそうなくらい強く握ってしまう。

 フェヨリは、そんなわたしをじっと見つめ、そして、ニコリと微笑みながら手を差し伸べてきた。


「それだけの魔力を持っていながら、動かせないというのも珍しいですね。けれど、まったくいないというわけでもありませんよ。あなたはまず、魔力の感じかたから学びましょうか」


 フェヨリはわたしの手を引いて、窓際の誰も座っていない机のところにわたしを座らせ、その隣に自分も座った。手は握られたままだ。


「周りのことは気にせず、わたくしの歌だけを聞いていてくださいね」


 そうして彼女はうたいだした。優しい、子守歌のような歌だ。

 思わず、手を伸ばして触れてみたくなるような。



 小さな雛鳥 小さな雛鳥 木のぬくみのなか 育て 育て

 小さな雛鳥 小さな雛鳥 木の遥か遠くへ 飛べ 飛べ――



 聞いているうちに耳が熱くなってきて、心がざわざわとする。シルカルやヒィリカの歌を聞いたときと同じだ。


「ほら、魔力が動いているのがわかるでしょう?」


 ……え、この、ざわざわする変なものが、魔力? それならわかると思い、こくりと頷く。


「ふふ、今日はここまでにしましょう。魔力を感じるのも上手ですから、きっとすぐに動かせるようになりますよ」

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