第20話 マクニオスの常識(3)
――これは、四柱の神による世界の創造と、人間、精霊についてのお話です。
四柱の神たちはまず、それぞれの思いのままに、洞窟、火孔、谷、泉を創りました。そしてその周囲を木々で囲み、草や花で彩りを添えました。そこに住まう獣や、魚や、鳥たちもみな、神の創造物です。
世界が完成すると、神は最後に、人間を生み出しました。
人間は、神の創ったこの世界に必要な存在として、神から役割を与えられます。
男性は、世界に綻びができぬよう調整すること。
女性は、神の
そう。神は、自身が創った世界を堪能してみたかったのです。
美しく、生命力に溢れる世界は、まさに理想郷といったところで、四柱の神はその出来にとても満足しました。
そんな美しき世界からは、他の神々も生まれました。世界の力を糧にした神々も、人間にとっては四柱の神と変わらぬ神ですから、当然、人間は同じように尽くします。
時が流れ、人間は神々を満足させるためのそれを、芸術として披露するようになりました。そしてその頃には、神々の意識は人間の営みを眺めることに向いていたので、美しい芸術のお礼に、神は人間の願いを叶えることにしました。
その様子を見ていた精霊は、神を真似ようと人間に近づきます。
けれども、精霊は人間から生まれた存在。神のために作られた芸術は難しく、理解することができませんでした。
そこで人間は、精霊にもわかりやすい、新しい芸術を作ることにしたのです――
問題の「神」という言葉は、本棚の低いところにあった。『マクニオス神話』と題されたその本をパラパラとめくってみると、子供用なのか、読みやすく、童話のような内容になっている。
冒頭部分は、マクニオスというより、世界のはじまりについてだろうか。マクニオスの美しさへのこだわりは、本当に神さまのためだったのだ。
マカベの儀での演奏は神さまに捧げるものだとは聞いていたが、こうして神話として知ると妙に納得がいく。
……それにしても、神さまだけでなく精霊までいるなんてね。
神話の本を棚に戻し、今度は『献上詩集』を手に取る。
何編か目を通すとわかるが、シルカルが言っていた通り、マクニオスの詩には構成がなかった。繰り返しの言葉がとても多い。それが少しずつ変化していくうちに、落ち着かない感情が心に刻まれるような感覚が不思議だ。
神さまを呼び出すための詩はないだろうかと読み進めてみたが、残念ながらピンとくるものはなかった。
また今日も、夜更かしをしてしまった。
月が変わると、兄姉をはじめ、多くの人と接することになるらしい。
ということで、三の月、七の週は、演奏のほかに、マクニオスで生きるための最低限の知識を仕込まれた。音楽や服装や文字は、その大前提だったということだ。
わたしにとって大事なことは三つ。
笑顔を崩さないこと、一つひとつの動作を丁寧にすること、周囲の人間を立てることだ。
特に気にしなくてはならないのが三つめ。現時点で、わたしが敬称をつけずに済む相手はいないらしい。女性が名前を呼び捨てることができるのは弟妹か自身の子供のみで、わたしにはそのどちらもいないからだ。
とにかく、全方位に向けて丁寧な態度で接すれば良いということはわかった。が、美しさを基準とした細かな決まりを覚えることは、正直大変である。
「レインは落ち着きがありますから、マカベの儀までには、マカベの娘としてふさわしくなれるでしょう。笑顔は……」
そこでヒィリカは言葉を止めて、笑顔のままわたしをじっと見つめた。わたしはニコリと微笑む。
わかっている。ヒィリカはいつも笑顔のおっとりした人に見えるが、それは半分違う。
女性は神さまの模倣品。
負の感情は勿論、強すぎる感情を出すこともまた、許されない。
隠してはいたようだが、最初に何となく感じた強引なところもまた、ヒィリカなのだ。
「今はよくできていると思います」
「ありがとうございます」
「……これからは、気立子としても、マカベの娘としても嫌な思いをすることがあるかもしれません。そういうときにこそ笑顔を崩さぬよう、美しくあるのですよ」
と、ここで気づいたことがある。
何かと「マカベとしてふさわしく」とか、「マカベの娘としてふさわしく」と言われるなかで、どうにもニュアンスが違うように思えてならないことが多々あり、混乱していたのだが……。この二つの「マカベ」、どうやら意味が違ったらしい。
前者のマカベは、このマクニオスに住む人、という意味で使われている。つまりこの場合は、日本人としての常識を身につけなさい、と言われているようなものだ。
後者のマカベは、木立の者という意味で、ジオ・マカベたるシルカルの娘として、ということらしい。こちらの場合は、市長の娘として恥ずかしくないように、といったところだろうか。わかりにくい。
何はともあれ、笑顔は得意だ。
アルバイト時代のクレーマー客も、ライブハウスにいたやたらと話の長いおじさんも、会社勤めになってからのいびり上司も、みんな笑顔で乗り切った。作り笑いと気づかれない自信がある。
ずっと言われてきたのだ。
――いつも楽しそうだね、悩みなんてないでしょう、と。
そんな嫌味混じりな言葉も、いつだって「えへへ」と流してきた。
ここでも同じことをすれば良いのだ。常に穏やかに、楽しい気持ちで、わたしは
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