不思議な駅と黄泉の国~豊島区連続殺人事件~

@toshimakyou

序章

プロローグ 不思議な駅

 空――。

 晴れ渡っていれば青、雲量が多いと灰。

 そんな空の上には「天国」という世界が広がっていると、人の子は大人から教わり、それは脈々と語り継がれていく。

 どうして、人は見たこともない天国の存在を信じているのか、私はわからない。


「やぁ、助役。」


 私が今いる不思議な駅の名前は【豊心としん駅】という。現世には存在していない駅だ。


 この駅の改札口は重大な営業窓口だ。ここ、中央改札口を総括している営業助役である私は、現世を見渡しながら少し退屈していた。


 普段は顔を見せない駅長に声を掛けられ、私は少し残念な顔をする。


「何ですか。」


 私は少し不機嫌な表情を浮かべて彼の挨拶に返事をする。


「この駅はどういう役割を担っているかわかるね?」


 駅助役という役職を拝命しているわけだ、それくらいのことは知っている。


「この駅は、黄泉国の玄関口ともいわれており、人の言う天国へ繋がる天の線の始発駅でございます。成仏されたお客様は天の線に乗車して黄泉の国へと旅立たれます。が、現世に未練を残している方は、感情に謎を抱えて、その感情の謎が取り除かれない限り、環状線に乗車し続け、この駅から黄泉の国へ旅立つことができません。そういう人生の最期において重大な駅でございます。」


「さすが、私の見込んだ男だ。」


 当駅には2つの路線が走っている。

 1つ、黄泉の国へ行く天の線

 2つ、現世に未練がある人が乗車し続ける環状線


 感情の謎を取り除かない限り、彼らは黄泉の国へ行くことができない。

 感情の謎を取り除いてやっと、六文銭を支払い、天の線へ乗車することが許されるのである。


 さて、この豊心駅に乗車するお客様の9割9分9厘は『死者』である。

 たが、稀に生死の境を彷徨っている間に当駅にたどり着くお客様もいる。この場合、我々駅員は彼らの状況を分析してマニュアルに沿って適切な行動を行わなければならない。


 そして、普段は各改札の挨拶回りなどをしない駅長が、今日に限ってどうして私の前に現れたかというと、生死の境を彷徨っている人間が豊心駅にたどり着いた場合、その対応を行うのは中央改札であると決まっているからである。そして、彼らが生き返る可能性を算定するのは駅長の役目だ。


 今、彼の手には少年の手が握られている。

 この少年は見たことのない世界に少し驚きを隠せていない。


 ここ、中央改札口は基本的に姿がきれいな状態で死亡した人が通るところのため、大きな衝撃を受けることはないだろう。しかし、見た目5歳児の彼は子供ながらに当駅の雰囲気が現世とは異なることを感じ取っているのだろう。私が声をかけても反応しない。


「大丈夫かい?」


 駅長はしゃがむ。そして、彼の眼をじっと見つめる。


「え? あ、はい。ごめんなさい。」


 とてもしっかりした子だ。5歳児とは思えない受け答えである。


 ――うん? よく見ると、彼の服には血が付いている。どうやら、腹部を刺されたようだ。頭と右手から肩にかけても血がかかっているということは、彼以外の大量の血が彼の上から流れてきたということだろう。

 彼が驚いている表情をしているのは、豊心駅の雰囲気ではなく、自分の腹部を刺されたことへの衝撃に対するものなのか。


 日時は1999年11月29日14時32分

 この事件は後に「副都心通り魔事件」とされ、東京都豊島区で起きた通り魔事件として有名になる。


 この少年の名前は「桐島恭弥きりしまきょうや」といい、両親はこの事件で犯人により鋭利な刃物で胸部を刺され、警察官と救急隊がが駆け付けたころすでに死亡していた。


「うーん。68%かな。」


 駅長は彼の眼を見てそうつぶやく。ただ、独り言というより、誰かに告げるようないいようであった。顔の方向を見るに私ではない。


「ほ、本当ですか!? この子は助かるんですね!?」


 30歳手前だろうか。とても若い女性、その隣には涙を流すまいと必死にこらえている30代半ばくらいの男性が少年を見つめていた。あぁ、なんということだ。言葉にするまでもなく、彼の両親ではないか。


 この駅は残酷な一面を持つ。


 このパターンは殆どないのだが、たまに永遠の別れを言わなければならない苦い場所となる可能性もあるのだ。


「あ、ごめんなさい。このまま黄泉の国へ行く可能性が68%です。」


 この男は人の心を持っていないのか? この駅で働く前は人であったにも関わらず、彼は人の心を理解できないのである。


 「そんな…。」


 我が子だけは助かってほしい。親御心というのはそういうものだ。人は子孫を残し、繁栄するため、自分より子の命が大切なのである。それは、人間だけでなく種という単位で俯瞰した時、すべてにおいて言えることであろう。



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 さて、あれからどれくらい経っただろう。

 駅長と私が中央改札口の事務室で、桐島夫婦が息子の手を握って祈り続けてから、私の感覚ではも7時間は経っているであろう。おそらく現世では大掛かりな手術が行われており、彼の命運は執刀医が掌握しているのだろう。まだ、死人と認められたと駅長が判断していないということは、彼はまだ現世で生きている。


 沈黙の時間は長かった。


 それを終わらせたのはやはり駅長である。


「お待たせしました。恭弥君、助かりますよ。」


 あぁ――。世は残酷である。親子の別れがこうして起きてしまうなんて――。

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