二十八話 決裂
小さな諍いが収まってからは夏樹と真央はのんびりとした時間を過ごした。真央は本にはそれほど興味は無かったようだがそもそもの目的は旧交を温める事だ。館内にはおしゃれなカフェや談話のスペースなどが設けられていて落ち着いて話をする場所には事欠かなかった。
「あ、もうこんな時間か」
昔の思いでを二人で思いつく限りに話していたらすでに日の傾く時間になっていた。特に帰る時間などは決めていなかったが、学生の身であるしそれほど遅くなるわけにもいかないだろう…………ましてや真央は女の子だ。
「どうする、ここで解散するか晩御飯食べて帰る?」
延長するにしても精々それくらいのところだろう。別にこれが今生の別れでもないし夏樹としてはまた会いたい気持ちがもちろんある。今日無理に過ごす時間を伸ばさなくてもこれからいくらでも機会は作れるのだ…………何事もさえなければ。
「私はどちらでも…………ううん、その前に一つ確認させて欲しい」
「確認?」
「うん」
少し寂しげな表情で真央は頷く。
「みっちゃんとの時間が楽しくて聞く必要はないと思いそうになった…………でも、いずれはっきりさせなくちゃいけない事」
ちゃんと楽しんでくれていたのかと夏樹はほっとしつつも、その表情の前に嫌な予感が浮かんでしまっていた。
「何を確認したいの?」
それでも聞くしかない…………それこそ真央の決断と同じように引き延ばしても意味がなかったから。
「なっちゃんは白の神の代理神?」
ストレートに、前置きも無く真央はそう尋ねて来た。
「ちょっと、意味が分からないかな」
否定せず、はぐらかすように夏樹は首を傾げて見せる。
「私、なっちゃんのスマホにスパイアプリを仕込んだの」
「えっ」
予想外の告白に夏樹が目を丸くする。それは完全に想像もしていなかった話だ。
「そんなのいつの間に…………?」
「なっちゃんに送ったゲームアプリの一つがそうなの」
「あ」
真央からだからだと夏樹は警戒もせずにインストールしていた。最近やたらとスマートフォンの電力消耗が激しかったのはそれが原因だったのだろう。
「ねえ、なっちゃん」
「っ!」
自分を呼ぶ声にびくりと夏樹が震える。
「悪いとは思ったけど、私そのアプリでなっちゃんの位置情報を確認してた…………なっちゃんは学校が終わると位置情報が消えて、何時間か経つと突然自宅で位置情報が復活するんだよね」
「そ、それは…………」
「電源切ってただけとか見苦しい嘘は駄目」
先んじて真央が釘を刺す。
「…………」
それに夏樹は何も口にできなくなる。元より真央に嘘は吐きたくないが素直に認めるわけにもいかない…………いつか彼女に明かすにせよそれは穏便な形にしたいのだ。今のように糾弾する形で認めれば間違いなく叶たちが介入する結果を招く。
「なっちゃん、私は別になっちゃんが白の神の代理神だったとしても嫌いになったりはしない…………ただちょっと順番が変わるだけ」
「順番?」
「なっちゃんを今すぐ連れてくか、時間をあげるか」
「そ、それはどういう?」
嫌いにならないというのは嘘じゃないように感じる。しかし連れて行くとはどういうことかが夏樹にはわからない…………しかも真央は彼が敵対しようがしていまいが連れて行くことだけは確定しているらしい。
「なっちゃん、私は今黒の神の代理として魔王を導いて異世界の人類を滅ぼそうとしてるの」
はっきりと、自ら真央はその事実を口にする。
「私はその報酬として自分の力を高める方法を黒の神から教えてもらった…………この世界を壊すために」
「まーちゃんっ!」
今彼女が口にしたことを打ち消すように夏樹は名前を呼ぶ。
「一体、何を言ってるの?」
本当に、夏樹は真央が何を言っているかが理解できなかった。
「なっちゃん、私はこの世界が嫌い」
淡々と、端的に理由を真央は述べる。
「だからずっと滅ぼしたいと思っていたの…………異世界の人類を滅ぼしたら次はこの世界の番」
「まー…………ちゃん?」
わからない、夏樹にはこの幼馴染のことが分からない。彼の知る限り真央は内向的であってもそんな終末的な願望を抱いていなかったはずだ。
「一体、引っ越してからまーちゃんに何があったの?」
「ないよ」
「え」
迷いなく答えた真央に夏樹はぽかんとする。
「ない、って」
ないはずがないだろうと夏樹は思う。世界を滅ぼすならそれに値する理由があるはずなのだから。
「なっちゃん、物事には必ずしも納得できる理由が付随するわけじゃないよ」
そんな彼の反応を予想していたように真央は諭す。
「私はね、生まれた時からこの世界の存在全てに嫌悪感しか覚えなかったの。もちろん最初から滅ぼしたいとまで思ってたわけじゃないけど…………いずれそう思うようになるのはわかってた」
なぜなら理由がないからだ。理由があればそれが解決の糸口になるが、理由も無いのならそれは真央という人間の本質的な問題だ。彼女が本能的に世界に嫌悪感を抱いているということなのであればそこに解決の余地はほぼない。
「でも、まーちゃんは僕と…………」
仲が良かったし、当時の周りとの付き合いだって険悪ではなかったと夏樹は思う…………それともあれは全て演技だったのだというのだろうか。そうだとすれば再会しての一連の態度だって全部が疑わしくなってしまう。
「心配しなくてもなっちゃんの事は好き…………ううん、なっちゃんだけが好き。だからなっちゃんを介してならある程度はこの世界の事も許容できた」
「それなら」
「でも、今はもう我慢できない」
うっすらと真央は笑みを浮かべる。
「なっちゃんが好きなのは変わらない…………でも、この世界にはもう我慢がならないの」
あくまで真央にとって夏樹の存在は例外でしかなく、この世界への嫌悪は変わるわけではない。彼を介して許容できていたというのもつまるところ夏樹に気を遣って我慢していた程度の事でしかなく…………彼と離れている間に膨れ上がった感情はもはや収まらない。
「だからなっちゃん以外の全てを滅ぼす、これは決定事項」
例えナツキの言であっても翻すことは無い、その目はそう告げていた。
「でもね、本当はこんな早くになっちゃんに会うつもりは無かった…………力を得てから探そうと思ってたから」
力を得る前に会えば決心が鈍るからなのか、止められる可能性を危惧したのか夏樹にはわからなかった。
「でもまさかその前になっちゃんに偶然再会して…………しかも向こう側の代理神をやってるなんて思わなかった」
「…………」
何もかも偶然、いやこれも縁を結ぶという自分の力のせいなのだろうと夏樹は思う。幼馴染と再会できたことそのものは嬉しいが、こんな形での再会は厄介極まる。
「まーちゃん、僕はまだ認めてない」
「もう、どっちかなんて関係ないの」
何とか抗弁しようとする夏樹に真央は首を振る。
「まーちゃんが無関係ならこの世界をお別れする時間を上げるつもりだったけど、疑いが出た時点でとりあえずあっちに連れてくことは決めたから…………真偽なんて向こう側でゆっくり確認すればいいし」
「っ!?」
向こう側と言うのはあの部屋のような場所の事なのだろうと夏樹は推測する。黒の神が真央の為に用意したであろう世界の狭間の空間。この世界であれば彼はいつでもあの部屋に扉を介して移動ができるが、流石に黒の神の領域であろう所でそれが可能なのかはわからない。
「待って、まーちゃん」
「待たない」
夏樹の制止を聞かず真央は彼へと一歩近寄り、夏樹は一歩後ずさった。
「私の立場を失わせようとしたあのやり口はなっちゃんの性格と合わない…………そっちには他に何人かいるんだよね?」
真偽はまだ定かでないと口にしたばかりでありながらも、真央はそうであると仮定して行動を起こしていた。夏樹に危害を加えるつもりは彼女には無いのだから、間違っていたら後で誤ればいいくらいの合理的な判断だ。
「だからなっちゃんにこれ以上は時間をあげられないの、ごめん」
気持ちばかりの謝罪を口にして、真央はさらに一歩夏樹へと近づく。
「っ」
走って逃げることは簡単だが、それでは逃げられないと夏樹は直感していた。真央からは叶や氷華と同じように常人とは違う何かを感じる…………少なくとも肉体的な面では常人の彼ではきっと逃げられない。
「まーちゃん、ごめんっ!」
だから夏樹には他に選択肢は無かった。このまま真央に捕まえれば恐らく二人の報復はより苛烈なものになる。
「助けて!」
ここで二人に助けを求めたほうが、きっとまだマシな結果になると彼は信じた。
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