或る少女の回想(6)
レベル上げ、とカノ様が称した私の修業が行われることとなった。レベルという言葉を私は知らなかったが強さを示す単位であるらしい。
ヒョウカ様のお力で茨狼を倒したこともあり私も元に比べれば遥かに強くなっていたが、カノ様性質の求める水準にはまだ遠い…………だから修業であれば望むところだった。私が強いくなればなるほどナツキ様のお役に立てるし、失望させてしまうこともなくなる。
修行先としてカノ様が選んだのは緑の神の眠る場所と呼ばれる大森林だった。そこは山育ちの私でも知っている有名な場所で、偉大なる神の一柱の果てた地であり視界を埋め尽くすような圧倒的な緑溢れる光景に圧倒される場所だと聞いていた。
しかしその場所は今や大量の魔物ひしめく危険な場所となってしまっているらしい。けれどカノ様はそれを好機捉えているようだった。確かに魔物がたくさんいるという事は倒す相手に困らないという事であるし、それだけ危険な場所なら魔王軍も含めて近づく者も少ない。
それでも危険な場所だからとナツキ様は私を心配されているようだった。そのお力のおかげで私は何度でも生き返ることが出来るけど、その度に私を苦しめていることをいつもナツキ様は謝罪される。
ああ、私はなんて罪深いのだろう。
ナツキ様に幾度もあんな表情をさせるなんて。
そしてその度に自らが思われている喜びに震えるなんて。
私は本当に罪深い…………そんな私にできることは一つだけだ。
一刻も早く強くなってナツキ様にご心配をかけないようにする。その為であれば私は何度死ぬことも恐れないし、いかなる苦しみにだって耐えることが出来る。
その過程できっとナツキ様には何度もあの表情をさせてしまうだろうけど…………ああ、私は本当に罪深い。
◇
カノ様の指示の元で神具を使って移動し、私は数日と立たないうちに緑の神が眠る場所へと辿り着いた…………その光景は話に聞くのとまるで違う様にすら思える。視界の先はその全てが深い緑で埋め尽くされて終わりが見えない。大森林、そんな言葉ですらちっぽけで目の前の光景には似つかわないようだった。
しかしそんな感慨に浸ってる暇はないと私は指示を求め、まず森の中ではなく外に広がる平地部分に簡易神殿を作ることになった。数日で辿り着いたとはいえ今私が死ねばかなりの距離を戻されてしまう。だから森の外にまず復活地点を作るのは当然のことだった。
けれど私はそれを埋めるように指示されて戸惑ってしまった。これまでに私は何度も簡易神殿を作っているし、それらを木のうろや岩陰など隠すように作ってもいた…………しかし土に埋めるというのはやはり違う。それは神様への明らかな不敬に思えて抵抗があった。
しかしカノ様はその神当人が問題ないと言っているのだと作業の強行を求めて来る。さらには私へのダメ押しのようにナツキ様を通じて開けた場所に簡易神殿を置くことのリスクを説明された。私からすれば気にし過ぎのように思えたが、念には念を入れるというのがカノ様のスタンスのようだった。
ともあれ簡易神殿を設置し終えるとついに森への突入となった…………と、言っても突入する私の身体を動かすのはヒョウカ様だ。いくら私が何度でも生き返るといっても死に続けるだけでは強くなれない。いくら神具の力があったとしても戦う術を知らない私ではこの森に巣くう魔物たちの相手は出来ないと判断されたのだ。
ヒョウカ様は荒れ狂うように私の身体で森を暴れまわった。本来私では倒せないような魔物たちが神具の力とヒョウカ様の巧みな身体操作によって尽く粉砕されていく…………私がやるのはその僅かな間隙に森の中へも簡易神殿を設置することくらいだった。酷使された肉体ではそんな作業すらも苦痛が伴ったけれど、自分にできるのはそれくらいなのだから泣き言は口にしなかった。
しかししばらくするとヒョウカ様が私に話しかけて来た。もちろん話しかけながらも私の身体は魔物を殲滅し続けていて、絶え間なく魔物が襲い来る状況でヒョウカ様にはそんな余裕があるのかと驚嘆した。
「あなたは強くなりたい?」
尋ねられた言葉は端的だった。ナツキ様と違ってカノ様やヒョウカ様との会話では感情は伝わってこない。だからそれがどういった意図によるものなのか私にはわからなかった。だから私は単純に強くなりたいと答えた。
「それはどんな形で?」
するとそんな風に返された。ヒョウカ様は何というか公平だ。カノ様のように目的の為に私を誘導するようなこともなく、ナツキ様のように親身になることもない。ただ公平に情報を伝え選択は私に委ねる。
「このままでもあなたは強くはなる」
ただ淡々と事実を伝えるようにヒョウカ様は説明する。このままヒョウカ様に任せて魔物を狩り続ければ私の身体はどんどんと強化されていく…………私自身の戦闘経験は積まれないまま。
だがそれでも問題は無いのだ。たとえ私が拙くとも十分に強化されているならそこら魔物相手に後れを取ることは無くなる。それでもしも敵わないような強敵に出会ったならヒョウカ様の出番になるだけなのだから。
けれど私は自分自身の強さが欲しいと口にしていた…………恐らくどれだけ私が修練を積んだところでヒョウカ様に追いつくことは無い。人と神なのだからそれは当たり前だが、重要なのはただ戦いに勝利するのならヒョウカ様に全てお任せするのが一番効率いいことだ。
つまるところ私自身が強くなりたいというのはわがままでしかない。体をただ貸し出すだけではなく、私自身の力で貢献してナツキ様に褒めてもらいたい…………それだけなのだ。
「わかった」
しかしヒョウカ様はそれを咎めることもなく私のわがままを受け入れた。そもそも受け入れるつもりが無ければ尋ねる事すらなかったという話なのだろう。
それからヒョウカ様は私に見稽古をするように命じられた。私の身体を動かしている間のヒョウカ様の行動の全てを見て学ぶようにと。
言われてみればこれまで私はヒョウカ様に動かされている間はめまぐるしく動く視界やそれに伴う痛みに耐えることで精一杯で、ヒョウカ様がいかなる判断の下に敵を選び動作を選択しているかのような事を観察したことは無かった。
早速苦痛に耐えながら実践した私だったが、すぐにヒョウカ様がこれは良くないとおっしゃられた。私は自分が何か不手際をしでかしてしまったのかと不安になったが、ヒョウカ様の説明によれば神具が便利過ぎるとのことだった。
私からしてみれば便利なのは良いことなのではと思ったが、どうやら基礎も身に付いていない私が神具による戦い方を学んでしまうとそれに頼り切った戦い方になってしまうとのことだった。それでもしも神具が壊れれば、神具の通用しない相手に出会った時に私はどうにもならなくなってしまう。
しかし大森林でのレベル上げは神具を前提にしたものだと私は聞いていた。けれどヒョウカ様はカノ様とナツキ様の許可はとったとあっさりと神具を使わずに魔物徒の戦いを再開してしまった…………そして私は驚嘆する。もちろんそのペースは落ちたけれど変わらずにヒョウカ様は魔物を屠り続けた。
確かにこれまで神具を使ったレベル上げで私の身体は強化されている。けれそれでも神具が無ければこの森の魔物たちの相手をするのは厳しいと私は思っていたのだ…………これがきっと神具に頼っていたという事なのだろう。
私は強くなりたいと願う。
ヒョウカ様のように、ナツキ様のお役に立てるように。
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