二十二話 代理神

「可能性はあるって…………」


 あっさりと向こう側にも代理神がいる可能性を肯定したシラネに夏樹は呆然と呟く。どう考えてもそんな簡単に明かされていいような情報ではないし、知らせるなら最初に伝えておくべき情報だ。


「そんな可能性があるなら真っ先に、教えておいて欲しいとお姉さんは思うね」

「皆さんがこれまでお尋ねにならなかったのですよ?」


 いつか同じような事を尋ねた時と同じ答えをシラネは返す。彼女はあくまで夏樹たちのサポートのための存在であり自発的に何かを口にすることは無い…………サポートであれば必要な助言くらいはして欲しいものだが、それも神々の規約とやらが関係しているのかもしれない。


 白き神に作られた存在であるシラネの助言で夏樹たちが方針を決めれば、それは白き神による異世界の干渉と取られる可能性があるのだろう。


「それは辞書と見るべき」


 ぽつりと呟くように氷華が口にする。こちらに必要な情報を持っていても求められるまでは開示しない…………確かにそれだけ見れば辞書に近くはあった。夏樹がその発想に抵抗が浮かぶのはシラネの外見がこちらと同じ人の形をしているからだろう。


「辞書よりかは便利だとお姉さんは思うよ…………どちらかといえば命令に忠実なアンドロイドといったところだろうね」

「…………二人とも結構きついこと言いますよね」


 一応この部屋に来てからそれなりの付き合いの相手ではあるのに。


「きついもなにも、お姉さんは彼女に対して相応の態度を示しているだけだよ」

「相応、ですか?」

「事務的に接してくる相手に事務的に返して何が悪いという事だね」

「…………」


 それはその通りではあるかもしれないが、夏樹はちらりとシラネを見る。彼女は今の叶の言葉にもショックを受けた様子も無く表情を変えていない…………しかしだからといって感情の無いアンドロイドというわけでもないはずだと彼は思う。


 それを証拠にシラネとの出会いのことを思い出せば、あの時間違いなく彼女はいきなり殴り飛ばした氷華に対して怯えていた。つまりは感情はシラネにもあるわけで、やはり自発的な協力が出来ないように制限されていると考えるのが妥当だ。


「ええと、僕はそんなに気にしてないから」


 だからせめて自分くらいはと夏樹はフォローを入れる。


「お気遣いの必要は無いのですよ? シラネは確かにそういう存在なのです」


 それにシラネは否定的な言葉を返すが、だからといって夏樹は自分の決めたスタンスを覆すつもりはなかった…………元より誰かに冷たく接することには忌避感がある性分なのだ。極端な話彼女が本当はどう思っていようがもはや関係ない。


「そろそろ本題に戻すとしようじゃないか」


 それを区切りとして叶がそう発言する。


「魔王軍側にも代理神…………つまりは私達のような人間が付いているとすればこの状況どころか私達の目的だって随分と変わって来る。なにせ単純に魔王を打倒したとして次の瞬間には蘇って戻ってくる可能性があるわけだからね」


 勇者がいくらでも蘇生可能なように、魔王も殺したところで何度だって蘇生される可能性が生まれるのだ。


「それは…………かなり困りませんか?」

「お姉さんもかなり困ると思う」


 叶は頷き、だがまあと続ける。


「こうして集まってるからには何かしら方法はあるんだろうね」

「あ」


 確かにそうだと夏樹も思う。向こう側も同じ立場であり勇者がそういう存在だと認識しているなら、それをどうにかする方法がない限りこんな軍勢を集めては来ないだろう。


「考えられるのはやはり回収の妨害だろうね。あれはほぼ一瞬とは言えこの部屋に瞬間移動させているわけではないんだろう?」


 死んだ勇者を回収する際にはその体は光の粒子となって空に昇って行く。それは秒にも満たない一瞬のことではあるが叶の言う通りゼロではない。そしてゼロでないという事はどれだけ不可能に近くともそこに介入の余地があるという事なのだ。


「世界の壁を突破するまでは干渉される可能性はあるですよ」

「つまり捕まる可能性はあるか…………魔法なんてものがある世界だし、向こうも神の恩恵があるなら魂の封印なんて真似もできるだろうね」

「封印って…………」


 それでは立場が逆だ。普通そういう物は勇者ではなく魔王がされるものだろうと夏樹は思う。


「ちなみにもしそうなったら…………つまり導くべき勇者自身が諦めたわけでもなく私達の干渉ではどうにもならない、詰みの状態になったらどうなるのかな?」

「叶さん!」

「少年には悪いがこれは確認しておくべきことだからね」

「…………」


 それはわかるがやはり夏樹はミレイを見捨てるような想像はしたくない。


「例えばもう一人勇者を選べるなら二人目を使って彼女を助けるなんてことも可能だとお姉さんは思うけど?」

「あ」


 その発想は無かった。


「まあ、その前に魂の消滅みたいなことをされたらどうしようもないけれど」

「…………」


 なぜフォローを入れた後に落とすようなことを言うのかと。


「少年はもう少し現実を見ないとね」


 そんな彼の頭を優し気に叶はぽんと叩く。こういう時は本当に大人と子供だと夏樹は思わされる。


「それでシラネ、返答は?」

「勇者を複数導くという事に関しては無理なのです。間接的な干渉で規約への抵触を避けているといってもやり過ぎれば問題となる可能性があるのですよ」

「まあ、それはそうだよね」


 重箱の隅を突けばやりたい放題では規約の意味がない。だから例え規約に引っ掛からずとも目に余るような行為があれば問題にするだろうし、それについての話し合い次第では新たな規約の下にこれまで黙認されていた部分まで禁止される可能性がある。


「ふむ、となるとやはり捕らえられた時点でほぼ詰みになるねえ…………もちろんそれは向こう側にも同じことは言えるけれど」


 つまり魔王も倒すのではなく封印すれば勝利ということになる。


「ただまあ、今考えるべきことはそんな先の話じゃなくて現状をどうするかだ」

「どうするかって…………」


 どうにかできる状況なのだろうかと夏樹は長机に浮かぶ魔王軍の軍勢を見やる。


「氷華、確認だが現状の彼女の強さでどれくらい戦える?」

「…………」


 その質問に氷華はちらりと相手の軍勢を見やる。


「使う潰す気でやれば三分の一くらいなら」

「えっ!?」


 確かに順調に強化できている様子だったがもうそんな領域なのかと夏樹は驚く。


「でも危険なんじゃ」


 三分の一でも驚異的ではあるが全滅させられるわけではないのだ。途中で回収が必要な状況になればそれこそ捕まるリスクも生まれる。


「少年のその懸念はもっともだけどね、こちら側の勇者の情報を知られていない今のうちに向こうの戦略を確認したいという気持ちがお姉さんにはあるんだ…………なにせ今であれば相手の想定を上回れる可能性が高い」


 魔王軍側がどのように勇者へ対処するか、それを知れたうえで逃走するという最良の結果が得られる可能性を叶は提示する。それは確かにミレイの戦力を正確に把握されていない今が最大のチャンスであると言えた。


「しかし不確定要素が大きいのも確かだし…………何よりも人間側で何の立場も確立していないのに魔王軍から明確な脅威として認識されるのは美味しくないともお姉さんは思う」


 ミレイはまだ全くの無名であり何の後ろ盾も無い。例え魔王側の全軍から追われる身になってもそれには独力で対処しなくてはならないのだ。

 もちろん彼女には夏樹たちという味方はいるし、精神的な面も夏樹が支えれば問題は無いだろう。


 だが単純に数に対して手が足りないという状況は容易に起こりうる。


「つまり?」

「悩ましい問題ということだよ、少年」


 だから叶は夏樹と氷華を深夜に招集したということらしい。


「ええと、戦わないという事は逃げるってことですよね?」

「そうだね、それは現状それほど難しくはない」


 なにせミレイ自身はこちら側で待機している。戻す場所を大森林ではなく離れた場所にある簡易神殿にするだけの話だ。


「その場合は捜索される可能性を考えて簡易神殿を回収して人間側の勢力圏へ移動する」


 せっかくミレイの素性は知られてないのだから少しでも手掛かりを残したくはない。最低でも彼女の村の近くにある簡易神殿は回収しておきたいところだった。


「それなら力量を図られてない内に向こうの出方を知るっていうのはまたできるチャンスはあるってことですよね?」

「まあ、確かにそうなるね。もちろんこの場を逃げおおせられるという実力は示してしまうわけだけど…………ふむ、それはありかもしれない」


 夏樹の言葉に叶は何かを思いついたように頷く。


「勇者の存在はまだ相手に見つかっていない。森の中に作った簡易神殿は見つかってしまったけど、それが勇者の実在を示す証拠だとわかるのは代理神とそこから情報を貰っているであろう魔王くらいのものだとお姉さんは思う」

「それはまあ、そうでしょうね」


 魔王が代理神の存在を配下に伝えているかはわからないが、伝えているとしても配下は伝聞の形でしかその存在を知らない。つまるところ信憑性には一つフィルターが掛かった状態であり、魔王様がそう言っているのだからそうなんだろうという認識の可能性がある。


「そんな状況で集められたこの大軍勢…………それで勇者は見つかる事なく成果はごく一部しか確信が得られないような証拠だけだとしたら彼らはどう思うだろうね」

「…………」


 想像して夏樹は間違いなく不信を抱くだろうと浮かんだ。直接的な存在である魔王に対しては不信を抱かずとも、むしろその魔王を唆しているのではないかと思える代理神に不信を抱く可能性は十分に考えられた。


「目的程の強化は出来なかったとはいえ彼女も強くはなった。当面は今回のような派手な真似は控えて地味な情報収集といこうじゃないか…………勇者なんて存在が本当にいたのかと疑いが生まれるくらいの間はね」


 そう言って楽しげに嗤う叶の表情に、どちらが悪なんだろうかと夏樹は思ってしまった。

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