ある少女の回想(5)

 茨狼との決戦は驚くほどあっさりと終わった。けれど幾度とも無く何もできずに私を殺した相手にしたことは、今までと同じなにもしない事だった。


 決戦の前に私はナツキ様から作戦の説明を受けた。それは山火事を起こして茨狼を焼き払うという内容のものだった。茨狼はどうあがいても直接私が倒せる相手ではないし、私程度が仕掛けられる罠ではどうにもならない…………だから山ごと燃やしてしまおうというのは実に豪快な案だった。


 しかしさすが神様たちというべきか、村の人間しか知らないような山火事の起こりやすい場所を正確に把握して作戦は立てられていた。


 それからいざという時にはヒョウカ様が私の身体を動かすかもしれないと伝えられた。けれどそれはいざという手段できっと山火事で倒せるとナツキ様は私を励ましてくれた。


 だけど私はそんな神様の為にだったら何度死のうとも怖くは無いのだ。


 ナツキ様が去ると次にカノ様がやって来た。そしてナツキ様が説明した作戦は恐らく失敗するだろうことと、それを前提とした作戦の続きを説明された。


 なぜ同じ神様たちで隠し事のようなことをするのか最初は疑問だったけれど、その内容を聞いてすぐに納得できた。確かに山火事によって無関係の命を奪うことこそが本当の目的だと知らされたら、あの優しいナツキ様であれば反対することだろう。


 その事をナツキ様に黙っていることに疚しい気持ちが無かったわけではない。けれどそんな私にカノ様は全てナツキ様の為なのだと強調した。


 何事も理想だけでは回らない。今の小さな犠牲によって将来の大きな犠牲を減らすことを選ぶしかないこともある。けれどそれをナツキ様は選ぶことができないから自分達が代わりに選ぶのだと。


 私はカノ様に対して冷たい印象を抱いていたがその認識を少し改めた。少なくとも彼女はナツキ様に対してはその心を傷つけないように配慮しているように感じられた。

 もっともその為に私を道具のように扱うことをまるで気にしていないようでもあった…………しかしそれは私にとってはどうでもいい話だった。


 例え道具のように扱われようともそれがナツキ様の為になるのであれば私は本望だ。


 それから私は予定通りに茨狼に殺され、山火事を起こして失われた命によってその身を強化された…………もちろんその程度では茨狼を倒すほど強くはなれなかった。しかし道具が使い手によって真価を発揮するように、私の身体もヒョウカ様という戦神によって使われればまるで違う生き物のように動くのだ。

 

 僅か五分にも満たないような攻防。その間にヒョウカ様は私の身体を見事なまでに使い果たして茨狼を仕留めて見せた…………私がしていたのはその邪魔にならないよう、私の意思で体が動くことないように意識することだけだった。


 決着が付いてから私は一言だけヒョウカ様から労われた。何もしなかっただけの私は最初不思議に思ってしまい、ヒョウカ様が私の身体を動かした痛みを全て我慢できたことを労われていたのだと気づくのに少し時間が掛かった。


 なぜなら私にとって痛みというのはもはや慣れ親しんだものだ。痛みは確かに感じるが、それは今の私の心には何の騒めきも起こすことは無い…………きっと今の私に痛みを感じさせることが出来るのはナツキ様だけだろう。


だから私はナツキ様には嫌われたくない。


 茨狼を倒したことで私は神具を手に入れることが出来る。そうすれば今回のようにナツキたちを困らせるような事態にも陥らなくなるはずだ。


 ああ早く、魔物をたくさん殺してナツキ様のお役に立てるようにならなくては。

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