十六話 縁

「そう言えばシラネに聞きたいことがあったんだけど」


 敵勢力に関する話を聞いた後、夏樹はふと思い出したようにそう口を開いた。彼が世界から逸脱してしまう理由を尋ねようと思っていたのだ…………それがわかれば叶と氷華のようにミレイを導くのに役立つ特技が見つかるかもしれないと。


「ふむ少年、あれに聞かずともお姉さんがわかることなら答えてやれるぞ?」

「いや、ありがたいですけど…………」


 多分シラネに聞く必要があることだと口にしようとしたところで横から袖を引かれる。


「…………」


 そこには無言で自分を見る氷華が居て、頼れというような視線を向けていた。


「ええと、ちょっと二人に聞く話じゃなくてですね」

「なるほど、そういうことか」


 何かを察したように叶が真面目な表情を浮かべる。


「氷華、私達は少し席を外そう」

「えっ!?」


 別にそこまでしてもらう必要はないことなので夏樹は驚く。


「どうして?」

「氷華、青少年には異性に聞かれたくない悩みがあるものだよ」


 尋ねる氷華にました顔で叶が答える。


「いや、そういうのじゃないですから」


 それを即座に夏樹は否定した。


「少年、恥ずかしがる必要はないんだよ」


 これまでにないくらい優しく叶が微笑んで彼を見た。


「いやもう面倒くさいんでシラネ呼びますね」

「お呼びなのです?」


 するとその姿が即座に現れる。相変わらず出待ちのような素早さだった。


「ああうん、ちょっと聞きたいことがあって」


 そう言えば彼女を見るのも久しぶりだなと夏樹は感じる。叶の言う通り尋ねるようなことでもないと彼女は出て来ないので茨狼と遭遇した辺り以来だろうか。

 別にないがろにするつもりもないが、彼女も他に仕事があるかもしれないし、必要もないのに呼ぶのもどうかと思うので悩ましいところだ。


「いや別にどう扱ってくれても問題ないのです」


 そんな彼の心中を読んだようにシラネが答える。


「私はこの部屋の備品のようなものなのですよ?」


 そしてこの部屋そのものが三人に対する報酬であると明言されている…………だから気を遣う必要はないし、逆に気を遣うのも使用者の自由だとシラネは言う。


 そのもの言いはごくごく当たり前のことを口にしているようで、だからこそ価値観の相違に夏樹は眉をひそめる。


「それはまた思春期の少年を悩ませるような物言いをするものだね…………しかし少年、基本的にお姉さんはこの部屋から出ないからこっそりいやらしいことをするのは無理だよ」

「別にそう言う想像はしてませんから」


 からかうような叶にはっきりと夏樹は口にする。


「私は別に構わないのですよ?」

「そういうフォローはいらないから」


 余計に事態をややこしくするだけだ。


「僕が聞きたいのは僕が元の世界から逸脱する理由…………それに何か僕も気づいていない才能とかが絡んでるならそれを知りたい」


 何かしら貢献できる才能が自分にあるならそれを知りたいのだ。


「ふふん、いじらしいねえ少年」


 それを微笑ましく叶が視線を送る。


「別に少年はそこにいてくれるだけでお姉さんたちの原動力になるのに」

「…………それ以外でも貢献したいんですよ」


 夏樹だってサポート役が仕事として情けないと思っているわけではない。プロのスポーツ選手だってマネージャーを雇って自身が本業に万全を期して専念できるようサポートさせる…………だがまあ、それはそれとして男としての矜持のようなものがあるだけだ。


 特に夏樹はミレイに対して自分が過酷な運命に引きずり込んだという負い目がある。出来れば二人のサポートという間接的な形ではなく直接役に立ちたかった。


「まあ、お姉さんにその質問を遮る権利はないしね」


 好きにすればいいと叶は肩を竦める。氷華の方も同意見のようで特に何か言うこともなかった。

 …………その代わり、いつものように本を読み始めることもなく様子を伺っていたが。


「えっとでは全員の賛同が得られたという事で情報の開示を行うです」


 格式ばった物言いでシラネが口を開く。彼女がこの部屋の備品だというならその所有者は夏樹たち三人ということになる…………それゆえにもしかしたらその行動には全員か過半数の賛同が必要なのかもしれない。だとすれば今のケースなら叶と氷華が反対していれば情報は秘匿された可能性もある。


 もちろん、そんなことになれば三人の人間関係にはひびが入るのは間違いないけれど。


「夏樹さんは人との縁を結ぶ才能を持っているです」


 そんな夏樹の思考をよそにシラネが質問の答えを口にする。


「…………縁?」


 それに夏樹は首を傾げる。


「縁なんて結ぼうと思えば誰でも結べるものじゃないのか?」


 例えば見知らぬ他人であっても話しかけて拒絶されなければその時点で縁が結ばれているようなものだ。その会話で友人とまではいかずとも、次の機会に話しかけても問題ない関係が築けたならそれは縁が結ばれたと言えるだろう。


「確かにその通りなのですが、夏樹さんの場合は直接的に運命を結びつける事ができるのですよ」

「運命を?」


 そう言われても抽象的であまり想像し難い。


「ふむ、もしかしてそれは赤い糸のようなものかな?」

「えっ!?」


 横から挟まれた言葉に夏樹は思わず声を上げる。


「た、確かに運命の赤い糸とは言いますけど…………」


 将来結ばれる関係の二人は赤い糸が繋がっているという伝説だ。確かに縁結びもそちらの方の意味合いが大きいが…………いきなりそんなことを言われても困る。


「概ねその認識で間違いないかと思うのですよ」


 肯定されてもさらに困る。


「いや、待って」


 否定せねばと夏樹は片手を上げる。


「僕はその、どちらかと言えばむしろ縁が出来にくいほうだと思うんだが…………学校の外で話すような友達もできないし」


 それを明かすのはいささか恥ずかしくもあったが否定することを優先した。


「大丈夫だよ少年、君には友達どころか生涯の伴侶希望のお姉さんがここにいるからね」

「…………慰めないでいいですから」


 余計に悲しくなる。さらにポンと肩を叩かれてそちらを剥くと、いつの間に近寄っていたのかじっと夏樹を見つめる氷華の姿があった。


「友達」

「えと、うん、ありがと」


 素直に礼を言うしかなかった。


「まあ、それはそれとしてだ。シラネ、一つ疑問なんだが少年の才能がそれだとしたら、この世界から逸脱する理由とは真逆の才能に思えるのだけど?」


 縁を結ぶのだから相手との繋がりは強くなる。そしてこの世界の住人との繋がりが強くなるということは世界との繋がりを強くすると言ってもいいだろう。


 単純に縁を結べば結ぶほど逸脱などしなくなるように思える。


「それは縁を結んだ相手が世界から逸脱してしまう存在だからなのですよ」

「え」


 しれっととんでもないことをシラネは口にした。


「ふむ、それはつまり縁を結んだことで相手のこの世界から逸脱するという運命に少年も巻き込まれて逸脱してしまうという認識でいいのかな?」

「はい、概ねその通りなのですよ」


 こっくりとシラネは頷く。


「付け加えて答えるならそれによって逸脱の可能性のない人間との縁は結び難くなるのです」

「それは少年の才能があってもかい?」

「はい、ですがそれがあるおかげで多少の縁なら辛うじて結べるはずなのですよ」

「…………例えばクラスメイトとして話す程度とか?」

「その程度なら問題ないはずなのです」

「…………」


 認めたくないがシラネの返答は夏樹の置かれた状況に符合している。彼はクラスメイトと友達にはなれていないが校内でなら会話ができる程度の関係性は結べていた。


 しかしその才能がなければ誰とも全く縁を結べず孤立していたのだろう。


「しかしそうなると少年は一体誰と縁を結んでしまったんだろうね。恐らくはまだ縁を結んだ人も少ない幼い頃なんだろうとは推測できるが」


 叶の推測では逸脱する相手に引っ張られても一度結んだ縁が消えることまでは無い。

 そうでなければ恐らく夏樹は友達のことよりもまず両親について口にしていた事だろうし、シラネも結び難くなると表現していたことからすれば恐らく間違いはない。


「…………」


 夏樹はそれに答えず難しい顔をして叶と氷華の顔を交互に見る。


「二人って、この部屋に来る前に会ったことあったりしないよね?」


 今の話を総合するとその可能性が高いように思えてくる。夏樹が世界から逸脱する人間と縁を結んだゆえにこの場所にいるのならば、目の前の二人はそれに該当する運命の最中だ。


「うーん、非常に残念だけどお姉さんはこの部屋で少年に初めて会ったので間違いないよ…………なにせ少年を見た時に胸へ走ったあの衝撃は人生で初めてのものだったからね」


 本当に、とてもとても残念そうに叶が告げる。本気か嘘かあの時夏樹に一目惚れしたことを公言しているから、それを否定も出来なかったのだろう。


「ええと…………氷華は?」


 そんな叶から視線を逸らして夏樹は氷華を見る。


「…………」


 彼女はすぐに答えずじっと彼を見返した。


「夏樹の方こそ、覚えはない?」


 そしてそう尋ね返して来た。


「…………ない、かな」

「そう」


 正直幼い頃の記憶があんまり夏樹にはなかった。だからこそ二人に尋ねたのだが、正直に答えるとそっけなく氷華は視線を逸らす。


「じゃあ、私も知らない」


 それはこれ以上の会話を拒絶するような冷たい声だった。


「ふふん、少年も罪深いことだね」

「…………僕が悪いんですか?」

「それはもちろん」


 氷華の態度からすれば彼女自身に覚えはあるのに夏樹が覚えていないことを拗ねているように見える。もちろん幼い頃の話だろうから彼が覚えていなくても無理はない。


 しかしどちらも悪くなくとも女の側が悲しんでいれば男が悪いというのが世の理でもある。


「ただまあ、アドバイスすると下手に謝ることが余計に相手を怒らせることもある…………だから今日のところはそっとしておく方がいいとお姉さんは思うね」


 それを謝罪するということは覚えていない事を強く主張することでもあるのだから。


「…………」


 それに夏樹ががっくりとうなだれる。氷華は完全に心を閉ざすモードに入って読書を始めてしまっている…………自分にも何か貢献できることを思っての質問だったのにこれでは完全に裏目の結果だ。


 縁を結ぶという才能にしたって何の役に立つのかわからない。むしろその才能によってミレイを勇者という立場に縛り付けてしまった可能性まで生まれてきてますます罪悪感が湧く結果になった。


「…………はあ」


 大きく溜息を吐く。このまま際限なく落ち込んでいたいところだが、それでは本当にマイナスの影響だけで終わってしまう。


「お茶、飲みますか?」


 せめて元の状態にまで戻す義務が夏樹にはあった。


「うんうん、少年のその前向きなところがお姉さんは大好きだよ」

「誉め言葉と受け取っておきます」


 もう一度溜息を吐きそうになるのを堪え、彼はコーヒーと紅茶を淹れるべくポットの方へと足を向けた。


 落ち込むのはやれることをやった後でいいのだから。

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