十話 討伐計画を立てよう

「残念だが、彼女はまた殺されてしまったよ」


 月曜日の午後。学校の授業を終わらせて部屋にやって来た夏樹を迎えたのは以前にも聞いたような叶の報告だった。

 これが三度目であることもあって以前のように彼女へと詰め寄りはしなかったが、その心中が決して穏やかであるわけでもない。


「それも二度ね」

「二度って…………」


 以前とは違う事情に思わず夏樹は顔をしかめる。それはつまりミレイは一度殺された後に蘇生され、さらにもう一度死んだということだ。


「なんで死んだの?」


 いつの間にかやって来ていた氷華が尋ねる。何の気配も感じなかったので夏樹は驚くが、質問自体は自分も聞きたいものだったので口を挟まなかった。


「原因は二度とも茨狼だよ」


 叶は彼女に気づいていたのか驚く様子もなく答えた。


「一度目は前回と同じように家屋で休んでいる彼女を襲った…………で、喰われないようにお姉さんが回収した。それから茨狼が去って、周囲の安全を確認してから蘇生した」


 叶とミレイの顔合わせは済んでいるし、今後夏樹が不在の際にも彼女の冒険を進めることを考えればちょうどいい機会だったのだ。場合によってはデスループをさせるような状況もあるだろうし、夏樹以外に蘇生させられることもあるのだと理解させておく必要があった。


「しかし蘇生した途端に茨狼が戻って来てね」

「安全は確認したんですよね?」

「もちろん、念入りにしたとも」


 茨狼が闇に覆われた領域に戻るのを確認し、さらに戻ってこないか様子を見た上でミレイを戻したと叶は説明した…………その上で茨狼が戻って来て殺されたのだと。


「で、その原因がこれだ」


 原因究明は済ませていたらしく、叶は茨狼のステータスウィンドウを表示させるとひょいっと夏樹へ投げてよこした…………投げれるのか。

 そもそも一度表示させたウインドウをその対象無しに再表示できることすら夏樹は知らなかった。


「えっと」


 それはそれとしてどこを見ればいいのかと夏樹はウインドウに視線を巡らす。


「技能の欄だよ、少年」

「…………なるほど」


 叶に促されて技能の欄を確認し、すぐに察する。


 マーキング


 その技能は一言だったが説明されなくてもわかる。恐らくあの茨狼は獲物と定めた対象をマーキングしてその位置を知ることが出来るのだ…………それでミレイが蘇生するとすぐにわかり襲いにやって来たのだろう。


「どうやら一度マーキングした相手は距離に関わらず位置が分かるらしい。あの茨狼が何度でも蘇る彼女に対してどう思っているかはわからないが、今後も蘇生して位置情報が復活する度に殺しに来る可能性は高いんじゃないかな」


 多分二度目に殺された時にマーキングされたのだろうと叶は口にする。一度殺したはずの相手が現れたのだから三度目があるかもと野生の本能で感じたのかもしれない…………問題はそれが村を襲った魔物の群れを率いていた奴に伝わった場合だ。


 神具どころか強化すらできていない状態で魔王側に目を付けられるのはかなり困る。いくら死ななくとも今のように殺され続ける状態となればまともに冒険も出来ないし、勇者であるミレイの心が持たない可能性だってあるのだ。


「と、いうわけでだね」

「茨狼を殺せばいい」


 結論を口にしようとした叶より先に氷華がそれを言葉にする。


「茨狼を殺して、それに気づかれる前に神具のところまで行けばいい」

「…………うん、氷華の言う通りだとお姉さんも思うよ」


 それに気を害した様子もなく、むしろ意外そうに叶は同意を示す…………先日の夏樹との会話を彼女は知らない。これまでほとんど自発的に発言してこなかった彼女が積極的に見えるのが不思議なのだろう。


「えっと、でも殺すってどうやって?」

 根本的にして最大の問題点を夏樹は口にする。そもそも茨狼が倒せる相手ではないからやり過ごして神具の下へ辿り着くプランを考える予定だったのだ。マーキングによってやり過ごすのが無理になったからじゃあ倒すかと簡単に切り替えられるものではない。


「ここの神具は一旦諦めて別の場所へ行った方がいいんじゃ…………」

「それは駄目」


 無難ではあるが消極的ない夏樹の意見を氷華が否定する。


「あれはここで倒しておくべき」

「でも」

「いやいやお姉さんも氷華の意見に賛成だよ」


 食い下がろうとする夏樹を諫めるように叶も口を挟む。


「まずここの神具を諦めると彼女を選んだ利点が消えてしまう…………それはつまり序盤から勇者の育成にブーストをかけようというプランが白紙になるという事だよ」


 叶がミレイを勇者候補に選んだのは本人の資質ではなくその周りの条件によるものだ。神具から近く、精神的に孤立していて信頼を得やすい…………その二つさえ揃っていれば本人の資質などいくらでもリカバリーが利くから彼女を選んだのだ。


 けれどここで神具を諦めるとその前提は崩れ去る。信頼こそあるものの能力的には貧弱な村娘、それを倒せる程度の魔物がいる場所まで導いて地道に強化しなくてはならなくなる。時間的にも労苦的にも大幅なロスだ。


「無理にブーストを目指さなくても地道にやればいいじゃないですか。その方がミレイだって戦うことに慣れやすいだろうし」

「少年、それは駄目だよ。そんな悠長にやってる余裕はない」


 ブーストによって楽をしたいのではなく、余裕がないのだと叶は言った。


「いや、なんでですか?」

「さっきも言ったじゃないか少年、彼女が弱い内に目を付けられるのは困ると」


 茨狼を放置すればミレイの勇者としての特性を知られる可能性があるし、仮にそちらが大丈夫だったとしても彼女を地道に育てる間にも同様の可能性がいくらでも生まれる。


「少年、仮に私が向こうの立場なら脅威になりそうな存在は育つ前に全力で叩き潰すよ」


 ゲームであれば勇者は魔王に眼を付けられてもほどほどの刺客が送られるだけだ。しかしこれは現実なのだから過剰とも言える戦力を送ってでも将来の禍根は潰す方が正しい。


 もちろん何度も蘇生できるだけで今は何の力もないミレイが脅威とを認識されることはないかもしれない。しかし以前彼女を勧誘した時の反応からすれば異世界には勇者は以前にも存在する。その特異性も伝わっていたとすれば危険は増すだろう。


「私も同意見。戦いを楽しむのでなければ強くなるまで生かしておく理由が無い」


 付け加えた理由は氷華の夏樹に明かした心情ゆえだろう。敵の遊興によりも現実的な対応に期待する方が想定される被害は少なく済むはずだ。


「それはわかったけど、現実的にあれにどう勝つんですか?」


 夏樹が納得したからといって現実が変わるわけでもない。現状でミレイと茨狼には勝つどころか逃げることすらできないほどの能力の差がある。それは子犬とライオンぐらいの能力差であり、多少策を講じたところでどうにかなるものではない。


「それをこれから考えるんだよ、少年」


 必ず実現しなくてはいけない目的があるならそれが可能であるかという疑問は無意味だ。無理だろうがやらなくてはならないのだからさっさと実現の方法を議論した方が無駄はない。


「それに今回の件なら考えることは単純だとお姉さんは思うよ」

「単純、ですか?」

「だって無理だって思える理由がはっきりしているだろう?」


 この手の問題で面倒なのは実現できない理由がわからない時だ。しかし今回の場合はその竜がはっきりしている…………逆に言えばその理由さえ解決してしまえば実現の可能性は立つのだ。


「いやでも、それってミレイを強化するってことでしょう?」


 現状茨狼との能力差を埋めない限りどうにもならないが、そもそもミレイを強化できるのならこんな話にはなっていない。彼女の強化の為にはここらの魔物を倒す必要があるが、茨狼を代表するようにただの村娘が倒せるような相手ではない…………だから神具が必要なのだ。


「確かに正攻法では無理かもしれない…………だけどね、少年。何事にも裏技は存在するものだよ」

「裏技って…………」


 ゲームじゃあるまいしと呟く夏樹をよそに叶は誰もいない方向へと視線を向ける。


「シラネ」


 呼ぶとそこにシラネの姿が現れた。


「はい、何か御用なのですか?」

「ちょっと聞きたいことがある」


 慣れた様子で叶は質問を口にする。夏樹がいない間にも叶は同じようにシラネを呼び出しては質問を口にしていたのかもしれない。


「君は以前魔物などを倒したエネルギーを使って勇者を強化すると説明していたね」

「その通りなのですよ」


 シラネは頷く。

「それはつまり勇者の倒した相手はエネルギーとして分解されて回収されるという認識でいいのかな?」

「その認識で問題ないです。対象の死に勇者が関わっているならその縁を利用してエネルギーとして回収することが出来るです…………逆に言えば何の関りもない対象が目の前で死んだとしても回収は不可能なのですよ」


 恐らくやることは死亡したミレイを回収するのと同じなのだろう。彼女の場合はこちらで再構成するが、魔物の場合はそのままエネルギーとして利用する。つまり利用するエネルギーは異世界の物なので外部からの干渉とはならず規約には引っ掛からないという理屈だ。


 しかし無条件で魔物をエネルギーに変えられるというわけではなく、その死に勇者が関わっているという縁が必要らしい。

 これは例えばミレイがその気も無しに崖から落とした石が偶然下にいた魔物に直撃して殺した場合なら回収できるが、目の前で魔物が自然に落下した石に直撃されて死んだ場合は回収できない。


 意図的であろうがなかろうがとにかくその死に彼女が関わっている必要があるのだ。


「距離は関係するかい?」

「縁さえあれば関係ないのですよ」


 例えば重傷や毒などを与えつつも逃げられた相手などがその先で結局は死んだ時、呪殺など遠距離で相手を殺す手段だってあるだろう…………そういう時もそれが勇者の関わったものである限りは距離関係なく回収が可能なようだ。


「ではもう一つ重要な質問だ…………その対象は魔物に限るのかい? 例えば魔物に限らずとも野生動物には危険な物もいるだろうし、同じ人間と争う可能性もゼロではないはずだ」

「…………叶さん」

「現実から目を逸らしてはいけないよ、少年。異世界の文明レベルや魔王勢力によって荒れた現状を考えれば野党の類が出没したっておかしくはない」


 そして野党と遭遇したならその処遇の選択肢はあまり多くは無い。大抵の場合はその場で殺すのがその後の被害を未然に防ぐ最良の手段だ。


「とはいえお姉さんだって積極的に人間を狙おうなんて言ってないよ…………で、結局のところどうなんだいシラネ?」


 ともあれまずはその確認がされてからだ。


「エネルギーとして回収するのは対象が生命体であれば問題ないのです…………ただ、効率の面からすればやはり魔物が一番なのですよ」


 保有するエネルギーの量としても、同時に相手の戦力を削る意味でも効率がいいのだ。


「なるほどなるほど…………これならいけるかもしれないね」


 だが、と叶は氷華を見る。


「前提条件は解決したとしても厳しいのには変わりない…………氷華、君のやる気は充分だと考えていいんだね?」

「問題ない」


 静かに、しかし確かな力を込めて氷華は頷く。それを満足そうに確認してから叶はシラネの方へと視線を戻す。


「シラネ、この仕事にわざわざ氷華を選んだのだから当然彼女を活用する方法はあるんだろう?」

「もちろんなのですよ」


 当然のようにシラネは頷く。なら最初から説明しろよと傍から見ていた夏樹は思ったが、考えてみるとこれまでも彼女は自発的な説明はほとんどしていない…………それもあくまで主導が白の神ではなく夏樹たちにあるという事を見せるためかもしれない。


「では方針はこれで決まったね」


 叶の中では筋道が立ったようで議論が終わりのような空気になる。氷華もこれからやって来る戦いへの期待を抑えるように瞑目して呼吸を静めていた。


「あの、僕に何かすることは?」


 だが夏樹は蚊帳の外の気分だった。叶は茨狼を倒す道筋を立てたみたいだし、氷華もその中で重要な役割を担うのだろう…………しかし肝心の彼には何の役割も決まっていない。シラネに直接過酷な運命を担わせた立場からすれば彼女の為にも何かしらの役割が欲しかった。


「もちろんあるとも」


 それに叶はにっこり笑って頷き、夏樹はほっと息を吐く。


「少年の仕事はとても重要だ」

「何をすればいいですか?」


 ミレイに文字通り身を切らせているのだ、多少辛いことだってやり遂げる覚悟が夏樹にはあった…………その真剣さに応えるように叶も表情を引き締める。そうしているといかにもできる大人の女性といった雰囲気で見惚れそうになった。


「少年の仕事はお姉さんを…………いや、お姉さんたちを心ゆくまでもてなすことだよ」

「は?」


 ぽかんとする夏樹に、しかし叶はその表情を崩してはくれなかった。

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