十一話 討伐計画を実行しよう
少年の仕事はお姉さんたちをもてなすこと。最初にそう言われた時は反発の気持ちも浮かんだが、冷静に自分に何ができるのかを考えると夏樹は頭を抱えたくなった
。
叶はゲームで培った知識に成熟した大人として現実的な見地を加えた戦略を見せている。氷華もこれまでの会話から察するに武力の面で役目があるのだろう…………では夏樹はと問われると明確に答えられるものがない。
夏樹は自分が平凡な人間だと自覚している。学業も運動神経もそこそこだし、これはと言えるような特技は無い。今のところこの部屋での功績と言えばミレイの勧誘ぐらいだが、それにしたって弱った彼女に付け込んだだけで誇れるような話じゃない。
だとすれば叶の判断は妥当なのではと夏樹には思えてしまう。前向きに考えればどんな仕事であってもサポート役がいたほうが円滑に進むことが多い…………自分は彼女らのマネージャーのようなものだと割り切ろうと夏樹は思った。
結果としてそれがミレイや異世界が救われることに繋がるなら、男としてのちっぽけなプライドなど躊躇いなく捨てるべきなのだ。
「叶さんはコーヒーで良かったですよね?」
そんな決意のもとに夏樹は部屋に置かれているコーヒーポットの前で叶に尋ねる。その隣には綺麗なティーセットも置かれていた。
「ああ、ブラックで頼むよ」
「はい」
返答を確認して夏樹はコーヒーを淹れる準備を整える。同時並行で紅茶の準備も進める。氷華の好みは把握しているので尋ねる必要はないのだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
「氷華もはい」
「うん」
淹れ終えたコーヒーと紅茶を二人へと配る。お礼を言われるのは嬉しいが正直意味があるのかと夏樹は思わないでもない…………彼自身は活用してないので意識から外れるが、この部屋は三人の希望を反映する部屋である。ぶっちゃけ飲みたいと思ったものをその場で出現させることもできるのでわざわざ淹れる理由はない。
「ふふふ、この少年の真心こそをお姉さんは美味しく思うのだよ」
しかしそんな無機質な物よりも夏樹の手作りがいいというのが叶の要望だった。夏樹は以前に似たような理由で彼女へおにぎりを作って来ていたので断る理由はない…………しかしこれで皆に貢献できているのだろうかと思うのも確かなのだ。
「少年には意味がなくともお姉さんには意味あることだからいいのさ」
そんな彼の表情を読んだように叶が付け加える。
「彼女だって満足していただろう?」
「…………僕はいたたまれない気持ちで一杯ですけどね」
ミレイのモチベーションを保つためだと夏樹は蘇生の際にまた彼女と過ごした。もちろん彼にしてあげられる事なんて少ない会話をしながらともに時間を過ごすことくらいだ…………それでまた何度も死ぬような目に遭ってくれと頼むのだから申し訳なさすぎる。
「彼女は喜んでやってるんだから問題ないとお姉さんは思うけどね」
それこそダイナマイト抱えて自爆して来いと命令しても喜んで従うだろう…………もちろんそんなことを命令しない夏樹だからこそあれだけ妄信しているのだろうけれど。
「それで、もうミレイを戻していいんですね?」
「ああ、彼女にはちゃんと手順を説明したのだろう?」
あれからミレイは蘇生したが異世界には戻していない。単に戻しただけではまた茨狼に殺されるだけでその異常性を知られるリスクが高まるだけだからだ。そんなわけもあって叶が茨狼を倒す策を実現可能な形にまとめるまで異世界には戻せず、ミレイにはシラネに頼んで作ってもらった待機部屋で過ごしてもらっている。
「すごくやる気でした」
今度こそ夏樹の期待に応えて見せると奮起していた。彼からするとあまり無茶な真似はして欲しくないので複雑な気分だった。
「それは重畳。これは時間との勝負だからね」
ミレイを異世界に戻せば茨狼にはすぐに気づかれる。準備が整うまでに駆け付けられたらどうにもならないので時間との勝負だ。休まず作業して貰うのは当然として、最悪の場合は死にながら作業を進めていくことになる。
「…………本当にやるんですか?」
思わず夏樹が尋ねてしまったのはミレイへの心配だけではない。叶が立てた茨狼打倒への筋道は影響する範囲がとても広い…………常識のある人間ほど実行を躊躇う類の行為だ。
「大丈夫大丈夫、お姉さんもちゃんと周囲の情報は確認しているよ」
だが当の叶は全く気にした様子もない。
「幸いといっては何だけれど範囲内で損害を被りそうなのはあの村くらいだしね…………その唯一の生き残りの彼女も今後はこの山で暮らすわけじゃない」
村の人達は魔物襲撃で全滅しているし、ミレイも神具を手に入れれば勇者として旅立つ予定だ…………つまりは村に被害が出ても何の問題もないし、それ以外の場所に人などが居ない事は確認済みだ。
「…………」
夏樹からすればそういう問題ではないのだが、代案があるわけでもないのにただ非難するのは卑怯者の行為だろう。
「いやあ、ちょうどいい季節で良かった良かった」
けれどそのセリフはどうなんだろうかと、夏樹は思わずにはいられなかった。
◇
「?」
茨狼がその異変に気づいたのはミレイが異世界に戻って二時間ほど経ってからだった。もちろんマーキングによって茨狼はその事には気づいていたが、その対処よりも休息を彼は優先したのだ。
元々茨狼は夜行性である。あの村周辺の侵入者を警戒するように命じられているので日中の見回りも行っているが、基本的には夜まで眠っていたい。その彼からすればミレイというのは殺しても再び現れるおかしな存在であってもすでに既知の存在だ。
自身の爪と牙であれば容易く殺せる程度の相手だし、前のように見回りに被りでもしなければわざわざ今殺しに行く理由はない…………夜の見回りのついで殺せばいいだろう、そう考えたのだった。
しかしこの異変は放っておくわけにはいかなかった。鼻につく煙の臭い。起き上がって村の方角を見やれば山を焼く炎が自身の居る方向へと広がっている。もちろんそれから逃げることなど容易いことだが…………その原因がミレイであるなら彼には放っておく理由はなかった。
この山一帯はもはや茨狼の縄張り…………それを荒らすのであれば死ぬまで殺してやるだけのことだった。
◇
「ふふふ、盛大に燃えてるねえ」
「…………なんでそんな楽しそうなんですか」
机上で煌々と燃え上がる炎に照らされて、叶の瞳も楽し気に光っていた。同じ光景を見ているはずだが、夏樹の方は真っ赤に燃え上がる山を見てとんでもない事をしてしまったという気持ちが浮かんで来た。
「少年、どんな仕事も成果を上げるには楽しんでこそだよ」
「…………ブラック会社にいたんですよね?」
「仕事を楽しいと思い込まなきゃブラック会社ではやっていけないのだよ、少年」
「…………」
それは感覚がおかしくなっているだけのような気がする。
それにやはりこれを楽しんではいけないと夏樹は思うのだ。
「これでちゃんと倒せてればいいけど…………」
叶がミレイに指示して行わせたのは山への放火だ。その死に勇者が関わってさえいればOKなら直接手を下す必要もない…………人為的に山火事を起こしてそれに巻き込まれてくれればラッキーという作戦だった。
幸いにして冬も近く山には燃えやすい枯葉が積もっている。後は風向きを計算して数か所に火をつければ勝手に燃え広がって炎は山を染めていった。
唯一の懸念はその作業を終える前に茨狼が現れることだったが、幸い炎が広がり始めるまでもその気配は無かった。
「残念だが少年、その望みはあんまりないよ」
「えっ!?」
あっさりと返って来た否定に夏樹は叶を凝視する。そのために山一つ火事にするなんて大それたことをしたはずではなかったのか。
「少年、いくら風向きを計算したとはいえ山火事が広がるにはそれなりに時間が掛かるものだよ?」
鼻が利く生き物ならば炎が迫る前に逃げるのは容易いだろう。もちろん茨狼の周りに直接火をつければ話は別だったろうが、そんなことをすればあっさりと気づかれてミレイは殺されていた事だろう。
「もちろん逃げずに山火事の原因であろう彼女に向かってくる可能性はある…………けどね、茨狼だって馬鹿じゃないんだから死ぬと分かって炎に飛び込んで来はしないだろう」
それをするということは死なない自身があるという事だ。
「なにせこちらの世界の動物とは違う魔物とかいうでたらめな生き物だからね。火に耐性があるどころか酸素無しで活動できたって不思議じゃあないとお姉さんは思うよ」
まともな生き物であれば炎に巻き込まれずとも煙に巻かれたり酸素不足で死ぬ可能性はあるだろう…………が、異世界には魔法なんてものがありまともな物理法則に囚われていないのは明らかだ。
「でもそれじゃあ何のために…………」
「もちろん、燃やす為だよ」
茨狼を倒す為ではなく、あくまで山火事を起こすことそのものが目的だったと叶は言った。
「え、でも説明の時は倒す為って」
「そう言っておかないと少年は反対しただろう?」
「…………」
するに決まっている。いくら人的被害がなかろうが意味もなく山火事を起こすことに賛成するわけもない。
「だけど別にお姉さんだってただ山が燃えるのを見たかったわけじゃない…………ちゃんとした理由はあるけどね、それを説明してもきっと少年は反対するから」
「…………一体何をするつもりなんですか」
流石に夏樹だって叶が意味なく山を燃やしたりするとは思っていないが、わざわざ彼に理由を偽ってまで伏せていた目的には不安しかない。
「さっきも言っただろう、少年。山を燃やす為だよ」
その目的は今果されている。
「何のために燃やすのが知りたいんですが…………」
「その説明はもう少し後でいいかな、お姉さんも責められるのは一度で済ませたいし」
「…………」
責められるようなことなのかと夏樹は顔をしかめる。
「それより彼女はちゃんと指示通り待機してるかい?」
「してますけど…………」
山火事を起こした後にミレイは村に戻りその中央に陣取るよう指示されていた。元々民家が密集するほど人口の多い村ではなかったので中央は大きな広場になっている。そこであればどの方角から茨狼が村に侵入しても気づくのは容易い。
「でもこれって茨狼と正面から戦うってことですよね?」
夏樹は最初この指示を風向きが変わって山火事が村の方へ来た時の為と聞いていた。しかし山火事で茨狼を倒せる可能性が低いというなら、これは茨狼を正面から迎え撃つための布陣にしか見えない。
「その通り、何せお姉さんたちには戦神が付いているからね」
戦神という言葉に夏樹はその当人へと視線を向ける…………氷華はじっと瞑目したままその時を待っている。今日は一切本を読むことなく、叶が作戦の実行を宣言してからずっとその状態を維持していた。
いつもと変わらないはずのその無表情は、なぜだか高揚を抑えきれない様子に見える。
「でも本当に戦えるんですか?」
「おや? シラネからの説明は聞いただろう?」
その場に夏樹もいただろうと叶は彼を見る。
「それとも少年は氷華を信じられないのかな?」
「それはもちろん信じてますよ」
実際に彼女が戦ったところを見たわけではないが、その片鱗は確認している。それでなくとも氷華は出来ない事を出来るとは言わない人間だと感じていた。
「でも戦うのはミレイですから」
「確かに今の時点では勝ち目は無いね」
あっさりとその事実を叶は認める…………しかし今の時点という単語が夏樹の耳に残る。
「あの」
「来たようだね」
叶が視線を向けた先に茨狼の姿が映る。山を包む炎をものともせず、焼き焦げた木々を踏み折りながら一直線にミレイの居る村へと向かって駆けていく。
その姿が確認できるようになった闇の領域と境界から村へは人の足ではそれなりに距離があるが、あの勢いであれば辿り着くのにそれほど時間はかからないだろう。
その様子は正しく、三十分と経たないうちにミレイは茨狼にその首を食い破られた。
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