六話 勇者は死にました
あれからミレイが村の物資を集めて体を休めるのを見届けてから夏樹は部屋を後にした。もちろん彼女は彼が離れることに不安を覚えたが、神様をずっと自分が拘束するのも悪いと思ったのか素直に聞き入れた…………本当にいい子だ。
そのおかげか多少気が楽になって夏樹はその日はすんなり眠りに入ることが出来た。先日よりも時間に余裕があったので氷華も書斎に招いて堪能してもらったし、なんだかんだで色々任せてしまっている叶にもお返しを考える必要があると、眠る前に夏樹は思った。
「おはようございます」
翌日は日曜だったので朝早くから夏樹は部屋へと赴いた。昨日はよく眠れたのもあるし、ミレイの様子がやはり気になったからだ。部屋に入ると昨日と同じようにコントローラー片手にソファでゲームにいそしむ叶の姿があった…………冷静に見ても物凄い美人なのに相変わらず色気を感じない姿だ。
「おはよう、少年」
「はい、あのこれ」
こちらを見て挨拶を返す叶に夏樹は手に持っていた小さな袋を持ち上げる。
「それは?」
「おにぎりです」
「ほう」
興味深げに叶が袋を見つめる。
「手作りなんで、ちょっと不格好ですけど」
「それは少年が握ってくれたという事かな?」
「ええまあ」
人に感謝を表すのに物を贈るというのは定番だ。しかしこの部屋は三人の望んだものが自然と置かれるようなので大抵の贈り物には意味がない…………それで思いついたのが手作りの物を贈る事だ。
手作りならそれだけでありがたみがあるし、時間的に朝ごはんになるものならちょうどいい。
「それはありがたいことだね」
「叶さんには色々お世話になってますから」
そのお礼であることを告げながら彼女へと袋を手渡す。
「梅と鮭と昆布です」
「ふふん、至れり尽くせりだね」
嬉しそうに唇を吊り上げながら叶は袋の中身を取り出していく。
「そういえばミレイの様子はどうですか?」
そんな彼女へお茶でも用意しようと冷蔵庫に向かいながら夏樹は尋ねる。
「ああ、あの子なら死んでるよ」
「そうですか…………てっ!?」
「うん、美味しい」
驚愕の表情で固まる夏樹をよそに叶はおにぎりを頬張る。
「叶さんっ!?」
お茶のことなど忘れて彼女に駆け寄る。
「死んだってどういうことですか!?」
「どういうことも何も言葉通りだよ」
叫ぶ夏樹に叶はおにぎりをゆっくり
「疑うなら自分で確認すればいい」
叶は空いた片手で長机を指さす。
「っ」
その態度に思う所はあったがまずは確認だと夏樹は長机へ飛びつく。手早くミレイがいるはずの村の民家を拡大すると…………そこは赤く染まっていた。
「う」
まず最初に目に入ったのはうつろな瞳をしたミレイの顔だった。だがすぐに大きく抉れて赤く染まったその首筋に目が向く…………恐らくはそれが致命傷だったのだろう。
しかしそれ以上に
その惨状をまじまじと見てしまい、夏樹は喉から逆流しそうなものを感じて目を背けた。
「少年」
一つ目のおにぎりを食べ終えたらしき叶がそこに近づいて来る。
「目を背けては駄目だとお姉さんは思うよ」
普段の馴れ馴れしいような口調ではなく、少し突き放すような声で叶は言った。
「彼女のこんな姿はこれから何度も見ることになる…………それも私達の選択の結果としてね。そこから目を逸らしていてはそれこそ何度も彼女を同じ目に遭わせることになる」
「…………」
夏樹は押し黙ったままその言葉を否定もせず、逸らした目を再び死んだミレイへと向けた。
「一応説明しておくと彼女が殺されたのは昨日の深夜だよ。体の疲れと少年と話したことでの安堵感でぐっすり眠っていたところを襲われた…………下手人は狼のような魔物だった。恐らくは鼻が利いたんだろうね、彼女の生存に気づいて単独でやってきたようだよ」
「…………どうして知らせてくれなかったんですか?」
「知らせて意味があったと少年は思うのかい?」
「それは…………」
ない、とすぐに夏樹も思えた。仮に彼がその場にいても逃げろくらいしか言えないし、呼ばれてもやって来る前にミレイは殺されていた事だろう。
「少年を読んですぐに生き返らせてもあの魔物が近くにいてはまた殺されるだけ…………そうでなくともどうせ朝までは寝るだけだ。それなら少年には何も知らずぐっすり休んでもらって彼女を生き返らせるのはそれからでいいとお姉さんは判断した」
導く側にも休息は必要だ。睡眠不足で判断を誤れば、それは結局ミレイという少女を無駄に死なせることになる。
「…………わかりました」
感情は別として納得は出来た。
「でもとりあえずミレイをすぐに生き返らせましょう」
知った以上はあのままになんてしておけない。
「それなのだけどね、少年の気持ちはわかるが氷華が来てからにしたい。勇者の蘇生と言うものがどのように行われるのかまだ私達は知らないからね、出来れば最初の一回目で認識を共有しておきたい」
「…………」
その意見はもっともだったので、夏樹はまた押し黙るしかなかった。
「私ならもういる」
すると氷華の声が響く。振り向けばいつの間にか部屋に入っていたらしき彼女が叶に渡したおにぎりを一つ頬張っていた。
「氷華、それは私のおにぎりなんだがね」
「鮭」
「氷華、それは少年が私の為に握ってくれたものなんだが」
「美味しい」
立ち上がり、詰め寄る叶にやはり氷華は一歩も引かない。
「…………」
「…………」
「えっと、また作ってきますから」
叶と無言の視線を交えながら、氷華はぺろりとおにぎりを一つ食べ終えた。不穏な空気を感じて夏樹はそこにフォローの言葉を入れる。
「………ここは少年に免じよう」
表情を崩し、叶は残る最後のおにぎりを氷華から離すようにひったくる。
「夏樹、次は私も」
それを視線で追いながら氷華はそう言った。
「ああ、うん」
それでこの空気が収まるならと夏樹は頷く。
ミレイはずっと、死んだまま彼を待っているのだから。
◇
「それでは勇者の蘇生を行っていくですよ」
叶と氷華の謎の
「とは言ってもこの部屋にすでに存在している機能を使うだけなので簡単なのです。まずは勇者を回収すると念じて欲しいのですよ」
シラネがそう告げると叶と氷華の視線が夏樹へと向いた…………わかってはいたが彼が主導してやらなくてはいけないらしい。
「改修は勇者との繋がりを利用して行う物なので夏樹がやるのが一番確実です」
そしてシラネもそれを後押しした。
「回収」
念じるだけなら必要はないかもだが、夏樹はその行動を皆に示すのも兼ねて口にする。その瞬間に長机に浮かんでいる映像の中で、ミレイの身体が無数の光の粒子へと変わって空へと昇っていく。
映像はその光がどこまで上がっていったのかを追わなかったが、きっと世界の果てを超えたのだろうと何となく夏樹にもわかった。
そしてそれを示すように部屋の扉が開き、映像で見たのとまったく同じ光が彼の前までやってくる。
「これ、は」
「対象ミレイの魂と肉体を構成していたエネルギーです」
それを夏樹との繋がりを使って世界の狭間であるこの部屋まで回収したのだとシラネは説明する。
「なるほど、規約とやらに引っ掛からないようこの部屋で再構成して送り返すわけだ」
「その通りなのですよ」
叶の呟きにシラネは頷く。
「そして再構成の際に余剰のエネルギーがあれば強化などが可能なのです」
「えっとそれって」
続けられた説明に夏樹は思わず口を挟む。
「強化は死なないと行えないってこと?」
今聞いた限りでは肉体を再構成する際に強化を行うようであり、その作業は規約に引っ掛からないようこの部屋で行うしかない…………それはつまりいくら強化のエネルギーが溜まっていようがミレイが死んでこの部屋に送られた時しか強化できないという意味に聞こえる。
「そんなことはないのです」
しかしシラネはそれをすぐに否定する。
「あ、そうなんだ」
「勇者となった対象はその生死に関わらず任意で分解して回収することが可能なのですよ」
「ほう、それは便利」
「え」
言葉通りの表情を浮かべる叶とは対照的に、それは相手をいつでも殺せるのとどう違うのかと夏樹は不安になる。
「夏樹、大丈夫なのです。こちらで回収する際には痛みは無いのですよ」
「…………」
そういう問題ではないと夏樹は顔をしかめる。
「蘇生しないの?」
話が横に逸れてると感じたのか氷華が口を開く。
「ふむ、確かに氷華の言う通りだね」
それに叶が頷く。夏樹も優先順位を考えれば異論は無かった。
「では再構成の続きなのです…………と、言ってもこれも簡単なのですよ」
シラネがそう言うと同時に軽く手を振る。すると夏樹の前に以前にも見たゲームのウインドウのようなものが現れる。
だが今度のは以前のようなメッセージウインドウではなく、ミレイの名前とその能力を数値で表したらしき羅列が表示されていた。それぞれの項目は+と-で数値をいじれるようになっており、さらに一番下には「この変更で再構成を行いますか? Y/N」という選択肢が表示されていた。
「ふむ、ゲームキャラのスキル振りの際に出て来るようなウインドウだね」
それを横から覗いて叶が呟く。
「皆さんにわかりやすい仕様となっているのですよ」
「…………確かにわかりやすいけど」
実在の人間をこんなウインドウ一つで改造していいものだろうかと夏樹は思う。
「ふんふん、どうやら勇者を構成するエネルギーの総量をステータスに振り分けるシステムの用だね。マイナスにも振り分けられるということは必要のない部分を減らして他を強化するということもできるわけだ」
ゲームであれば一度強化したら戻せないにものも多いが、ミレイの場合は分解再構成という工程であるため振り直しも容易にできるのだろう…………それはつまり強化の為のエネルギーを稼いでいない現状でもステータスを組み替えることは可能という事だ。
「これがゲームなら極振りを選択するところだが」
叶はシラネを見る。
「シラネ、例えばこの防御力を1にしたらどうなる?」
「自重に耐えきれず即死するですよ?」
「やはりか」
ゲームであれば防御力を最低にしても敵から攻撃を受けなければいいだけだ。その分攻撃力と素早さを上げてやられる前にやるような戦略も取れる…………しかし現実だとそうはいかない。
この防御力が単純な硬さか耐久力を表しているのかはわからないが、シラネの説明によれば1にすると自身の体重すら支えられなくなるようだ。
「あの」
「ああ、すまないね少年。現状はそのまま蘇生する形で構わないよ」
焦れた夏樹に叶が肩を竦める。しかし確認すべきことはまだある様子だった。
「ところでシラネ、再構成された勇者はすぐに向こうへ送られるのかい?」
「いえ、この場で一旦待機して任意で送り返す形なのですよ」
勇者への助言や指導などをゆっくり行えるようにするための仕様らしい。確かに勇者とはいつでも会話できるが、安全の確保された場所とそうでない場所で話すのとは大きく違う。
「なら彼女がいる間だけこの部屋の外観をそれっぽく変えることはできるかい? それとできれば私と氷華の姿も隠れているほうがいい」
「え」
「消耗している時は信頼できる人間と二人きりの方がいいとお姉さんは思うよ」
戸惑う夏樹に叶はそう告げ、視線を向けると氷華も叶に同意なのか頷いて見せた。
やはり夏樹にはそれを断る権利がありはしないらしい。
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