四話 村娘を説得しよう
「いや、ちょっと待ってください」
魔物に滅ぼされた村の唯一の生き残りの少女。それが叶の選定した勇者候補だった。
「ふむ、何が不満なのかな?」
「不満も何もその子を勇者にするのはおかしいですよ」
確かに物語であれば悲劇を乗り越えて立ち上がる主人公のポジションではある。しかし現実的な目線で見れば悲劇に見舞われた少女にさらなる過酷な運命を押し付けるようにしか見えない。
そして夏樹はそれを押し付ける側の人間なのだ。
「少年、あの少女は私達が勇者として選ぶのに最適な条件が整っている」
「どこがですか? とてもじゃないですが何かと戦えるようには見えないですよ!」
思わず言葉が荒げるぐらいその少女の姿は弱々しかった。その年齢はまだ中学生くらいに見えるし、栄養状態も良くないのか全体的に細い。
さらに死んだ村人たちを一人で埋葬し続けていたのか
「少年、私達が勇者を選ぶにあたって一番大事なのはそんなことじゃない」
なぜなら敵と戦えるかなんて強化手段がある以上は後からどうにでもなる問題だ。
「大事なのはね、私達を信用してもらえるかどうかだよ」
「信用、ですか?」
「もしも少年がいきなり見知らぬ誰かから直接脳内に話しかけられ、さらには勇者になって欲しいと説明されて受けるかい?」
「それは…………」
自分がおかしくなったと疑うかもしれないし、そうでなくともすぐには了承しないだろう。
それは叶の口にした通り相手が信用できるかわからないからだ………例え神と名乗ってもその実悪魔ではないと言葉だけでは証明できない。
「じゃあ、あの子なら僕たちを信用してくれるって言うんですか?」
「ああ、もちろんだとも」
はっきりと叶は頷く。
「何せあの子には今なにもない。頼れる相手も、相談できる相手も、無条件に自分を助けてくれるような
「…………」
精神的に弱り、寄る辺のないところに付け込むと宣言する叶に夏樹は押し黙る。
「とはいえ少年、昨日も言った通り私は独断で勇者を選ぶつもりはない…………これはあくまで提案で、君が反対するなら別の候補を探すのもやぶさかじゃない」
「それなら!」
「まあ、その代わりこの子は死ぬだろうけどね」
反対だと口にしようとした夏樹へと、さらりと叶は爆弾を告げる。
「え」
「いや考えてもみたまえよ、少年」
諭すような口調で叶が続ける。
「魔物に襲われて全滅したこの村で少女が何日も生存できると思うかい?」
家屋はほとんどが壊されているし、畑なんかも
そして何よりも少女は精神的にも肉体的にも疲弊しきっている。恐らくは
「断言するけれど、あの少女を生き残らせるなら勇者に選ぶ以外ないよ」
「…………」
「氷華、は?」
「私は別に誰でも構わない」
突き放すように彼女はそう告げる。
「それに、最後に選ぶのはその子」
視線を映し出された少女へと向ける。勇者を選ぶのはこちらだが、結局引き受ける意思が相手になければそれで終わり…………叶は精神的に弱っているから丸め込みやすいと考えていたようだが、弱り過ぎているからこそ耳を貸さない可能性だってあるだろう。
「ただ一つ確かなのは、チャンスを与えない限りは選ぶことも出来ないってこと」
「…………わかったよ」
少女の姿を見てしまった以上は夏樹には見捨てられない。
「まずはその子に勇者にならないか交渉しよう」
その結果もし拒否されても、それが生きる気力を取り戻すきっかけになるかもしれない。
「うん、じゃあ交渉は少年に任せよう」
「えっ!?」
「他に適任はいないじゃないか」
当たり前だろうというように叶が氷華に視線を向ける。
「私には無理。夏樹が適任」
そう言って氷華は頷く。
「交渉なら社会人経験のある叶さんの方が…………」
「お姉さんにできるのは事務的な交渉だけだからね、こういう相手には逆効果だと思うよ?」
「…………」
確かにそうだろうと夏樹は納得してしまう。どうにも叶には薄情な面があるようなのでメリットデメリットの提示は出来ても少女に気力を取り戻させるような交渉は難しいだろう。
いや、多分できはするのだろうが、それは少女の悲しみと憎悪を掻き立てるようなやり方の気がする。
「わかった、わかりましたよ」
半ば
「それでどうすればいいんですか?」
このまま話かければいいのかそうでないのか、その辺りの説明はまだ聞いていない。
「はいはい、それについては私が説明するですよ」
すると不意にシラネが現れて口を開く…………本当にどこからともなくその場に現れたのだ。
「呼んでない」
「呼ばれなくとも駆け付けるのが良きサポート役というものなのです」
冷たく言い放つ氷華にシラネは気にした様子もなく答える。
「それで異世界の人物に話しかける方法なのですが、その対象を表示した上で話しかけたいと念じて頂くだけで大丈夫なのですよ」
「…………念じる?」
拡大縮小などはスマホっぽいのにいきなりファジーになった。
「一々対象を選んで通話とかの方が面倒じゃないです?」
「それはそうだけども」
確かに技術として見れば手で操作せずに念じるだけで通話できる方がすごくはある。
「えっと、それでこれは相手の頭に直接話しかける感じ?」
「はい、周囲には聞こえないですよ」
「なるほど」
まさしく神の声として使えるようだ。普通に耳に届く声と違うのならこちらが神だと信じさせる要因の一つにはなるかもしれない。
「あ、お三方の設定は白き神の従属神ということでお願いするです…………あちらの世界で主はその呼び名で通っているのですよ」
「…………ああ」
そう言えば神を演じることを引き受けてもその細かい設定は全く考えていなかった。交渉の為にはその辺りを詰めたほうがよさそうだが、今はそんな余裕がない。
「まあ、やってみる」
なにせ少女の方にはあまり時間がないかもしれない。夏樹がうだうだしている間に思い余って自殺でもされたらしばらく立ち直れそうもなかった。
「ええと…………聞こえますか?」
頭の中でどういう会話にするかを組み立てながら少女へと念じる。するとすぐに反応があり少女はきょろきょろと周囲を見まわし出した。
しかしすぐに周囲に誰もいないことに気づくと落胆して肩を落とす。
「私はその場にはいません。あなたの意識に直接語りかけています」
夏樹なりの神様のイメージで口調を整えつつ、再度話かける。
「もしかして、魔法使い様ですか?」
案の定というか、少女はあちらの世界では恐らく常識的であろう判断をした。早速信じてもらえる可能性が減ったがここで止めるわけにもいかない。
「いいえ、私は魔法使いではありません…………貴方がた人間が白の神と呼ぶ存在に仕える従属神です」
「神、様?」
流石に戸惑うような声が少女から返った。
「それなら!」
だがそれはすぐに期待の
「残念ですが、私には村人たちを生き返らせることはできません」
「そんな!?」
希望を抱いたがゆえに落胆も大きかったようで少女の顔が歪む。間を置けば少女の心は沈み切ってしまうかもしれないと夏樹は言葉を途切れさせないよう口を開く。
「神々の争いを人々の世界に持ち込まぬようにその干渉は大きく制限されています…………私に許されている干渉はたった一人に対してのみ」
「一人、だけ?」
「はい、それも当人からの承諾が必要です」
「…………」
それはつまり一人だけ生き返らせる事ができるという意味ではないということ…………死者はもはや語らないのだから。
「私にできるのは勇者を選び、それを助け導く事だけ」
少女に嘘を吐きたくないので、出来る限り夏樹は事実を元に話を組み立てた。
「勇者って物語に出て来る……」
少女が呟き、その表情が何かを察したように驚きへと変わる。
「む、無理です!?」
慌てたように少女が拒否の言葉を示す。だがその反応に夏樹はむしろ
久しぶりに他人の声を聞いて、その会話で現状から意識が一時的に逸れて本来の感情が戻ってきているのだろう。
「もちろん無理強いはしません」
物語であれば大抵があなたは選ばれたと事後承諾で言われるが、夏樹はそういう事はしたくない。本人の意思は尊重されるべきだろう。
「あなたが断るのは残念ですが、その場合は他の方へお願いしにいくだけです」
「他………に!?」
夏樹としては押し付けをしないという配慮だったが、少女は絶望的な声色で呟く。
「あ、もちろん断った場合でもあなたを安全な……」
少女が見捨てられたと勘違いしたことを悟った夏樹は慌ててフォローしようとするが、
「やります!」
それよりも早く彼女は決定的な言葉を口にしていた。
「落ち着きなさい、ミレイ」
叶かシラネが操作したのか少女の横には名前が表示されていたので、これ幸いと落ち着かせるようにその名前を呼ぶ。
「あなたが最初
この時点で夏樹は完全にミレイに諦めさせるために説得しようとしていた。話すとやはりこんないたいけな子に過酷な道を歩ませるわけにはいかないとはっきり思えたからだ。
「勇者にならなくても私はあなたが安全な場所に辿り着くまで導きます。断ったとしてもあなたを見捨てたりはしません」
村が滅んだといってもその地域一帯の人間が滅んだわけではないはずだ。交流できる距離に別の人里だってあるだろうし、脅威となる魔物は事前に避けるように夏樹がナビすることは可能だろう…………ミレイ一人を安全な場所へ逃がすことはできる。
「でも、私が断っても他の人が勇者になるんですよね?」
「それはそうですが…………無理にあなたがやる必要もないのですよ?」
おかしい、そう夏樹は感じていた。
「無理じゃないです! さっきは確かに躊躇しちゃいましたけど…………わかったんです。私は、村が魔物に襲われて…………みんな殺されてしまって、ただ一人生き残って絶望して、こんな気持ちを他の誰かが味わうなんてあっちゃいけない…………そう、思うんです」
だから自分が犠牲になって戦う。ミレイはそう口にしていた。
「ちょっと待って」
ミレイに念じるのではなく、声に出して夏樹は周囲を見回す。
「いくらなんでもおかしい。なんでこんな短時間でこっちの話を全部信じてるの?」
まだミレイとは五分も話していない。いくら精神的に
「簡単な話です」
それにシラネが答える。
「心に直接語り掛ける会話は声だけではなくそれに込められた感情もダイレクトに相手へと伝えるのですよ。つまり彼女にはあなたが心からその身を案じていることが直接的に伝わっているのです…………それは百の言葉を
「なっ!?」
実際に案じてはいたが、それが相手に直接伝わっていたと聞くと恥ずかしさを覚える。
「ふふふ、身近な人々を全て失って消耗した状態の彼女には少年の自身を案じてくれる感情は大きな安心感を与えただろうね…………そりゃあ全力で応えたいという気持ちにもなる」
叶は口あえてにはしなかったがそれはある種の洗脳に近い。
普通人間は相手の声や表情などの仕草からその感情を読み取る。そしてその過程で相手が信用できるか、どう反応するかの理性によるフィルターが入るのだ…………だが、あの方法にはそれがない。
相手の心に抵抗されることなく感情が直接伝わるのだからその効果も劇的だ。
だからこそ僅かに会話しただけの相手に見捨てられることをあの少女は恐れた。
「やはり少年に任せて正解だったよ。お姉さんや氷華じゃこうも上手くはいかない」
感情が伝わるということは上辺の言葉で取り繕うという事はできないのだから。
「…………褒められても嬉しくないです」
ミレイの決断を覆すのはひどく難しいと理解させられたのだから…………しかもそれはひどく皮肉にも自分が本心から彼女を案じてしまったせいなのだ。
「あんまり黙っているとまた不安がるよ?」
「わかってますよ」
だからといって、今更見捨てることなど出来るはずもないのだ。
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