二話 それはそれ
シラネの説明によれば選ばれた勇者は何度死んでも生き返らせることが可能らしい。さらにはこちらから直接強化するようなことはできないが、異世界で勇者が倒した魔物などからエネルギーを抽出しそれを使って強化することはできるとのこと
つまりは経験値を稼いでレベルアップとますますゲームじみている。
「そうなるとやはりスタート地点は重要だねえ」
テーブルの上の世界を見回しながら叶が言う。
「そうですね」
それに夏樹も同意した。そういう形で勇者を強くできるなら、勇者当人の才能よりも安定して敵を倒して強化できる余裕のある場所の住人を選んだほうがよさそうだ。
「ふむ、シラネ」
テーブルから視線を外して叶がシラネを見る。
「これって時間制限はあるのかい?」
「ないですよー、強いて言うなら異世界の人種が滅ぶまでが期限です」
「なるほど」
差し迫ってはいないが、余裕があるからと怠ければ詰みの状況が発生しかねない類だなと叶は判断した。あちらの世界の情勢は備に把握しておく必要があるだろう。
「しかしまあ、流石に今日明日でどうこうなるわけでもあるまい」
もしそんな状況で頼んで来たのだとしたら、失敗してもシラネやその主であるという神様の責任だろう。
「少年、それに氷華」
叶が二人へ視線を向ける。
「なんですか?」
「なに?」
「二人とも今日は帰ったらどうかな、とね」
返ってきた視線に叶はそう答える。
「あ、確かにもうこんな時間だ」
夏樹がスマホで時間を確認するとすでに夜の八時を回っていた。これまで確認してなかったがスマホのアンテナは立っており、母親から帰りが遅いと心配するメールが届いていた。
「えっとでも」
夏樹はこのまま帰っていいのかと躊躇う。正直まだ実感はあまりないが異世界の人達は滅びの危機に直面しているのだという。
それを考えると使える時間は出来る限り使って進めたほうがいいのではないかと思えるのだ。
「期限に関しては今しがた私が確認した通りだよ、少年」
早いに越したことはないだろうが、僅かな時間を惜しむほどでもない。
「それとも少年は異世界とやらを救うまで家にも帰らず学校にも行かないつもりかい?」
「それは…………」
世界と自分の生活を比べればどちらが重いのかは言うまでもない…………が、それは客観的な視点であって当事者の視点ではない。
夏樹自身の心情からすれば異世界を救う為に出来る限りのことはしたいと思うが、それで自身の生活が崩れることが好ましいと思えなかった。
「少年、君が今思っていることは別に薄情なんかじゃなくて普通のことだよ。こんないきなり押し付けられた仕事にいきなり使命感を持てという方が無茶だと私は思うね」
そもそもシラネの説明の真偽だって定かではないのだから。
「それに少年と氷華がこの場に残っても当面はすることがない」
「え?」
その言葉には夏樹も首を傾げる。勇者選びという明確な目的があるはずなのに。
「少年も勇者を選ぶには事前情報が重要だとはわかっているよね?」
「それは、まあ」
本人の資質もそうだが、現在地の状況なども重要だと先ほど感じた。
「当然それらの情報をまとめるには時間が掛かるし才覚も必要だ…………私なら情報をまとめるのは仕事で慣れているし、この手のものに必要な条件はゲームをやりこんで知っている」
「えっと、つまり叶さんが残って勇者を選別するために必要な条件をまとめてくれるってことですか?」
「そういうことだね」
叶は頷く。
「もちろん独断で勇者は選んだりはせず二人の意見は伺うよ」
「それは疑ってませんけど…………」
夏樹が気になるのはそこではない。
「それだと叶さんの負担だけ大きくないですか?」
「なに、私の方が少年たちより融通が効くというだけの話だよ」
ふふんと叶は笑う。
「それでも申し訳ないと思うなら…………後でお姉さんを労わってくれればいい」
そう言って叶は夏樹に歩み寄るとその手を取って自身の胸に当てる。押し倒された時のことを思わず思い出してしまい彼の顔が赤くなった。
「氷華もそれでいいかな?」
そんな夏樹の反応を楽し気に見やりながら叶が氷華へと尋ねる。
「好きにすればいい」
変わらぬ無表情で、けれど二人からなぜか視線を逸らしながら彼女は答えた。
「ではそうしよう。シラネ、この部屋から出たり戻ったりするのはどうすればいい?」
「もうそこの扉から普通に出られるですよー。特に何も念じなければ元の場所へ、出たい場所を念じればその場所に出ることが出来るです」
あっさりとシラネは答える。事情の説明は済み、承諾も得られたのだからもう閉じ込めておく必要はないという事なのだろう。
「戻る時は適当な扉からこの部屋に入りたいと念じて開けば繋がるです」
「ふむ、それは長距離移動にも使えそうだね」
この部屋を経由すれば世界中のどこにでも移動できるということになる。
「そういう使い方をしても?」
「この部屋を自由にすることが皆さんの報酬です。どんな形にせよ好きに使ってもらって構わないのですよ」
「寛大なことだね」
叶は肩を竦めて夏樹と氷華へと視線を戻す。
「そういう事らしいから後はお姉さんに任せて二人とも帰ると良い」
「本当にいいんですか?」
本人の提案とは言え押し付けるようで夏樹は気が引ける。それにまだこの部屋が本当に安全であるかも確認できていない…………もしもシラネの話が全て嘘であれば叶が一人で残ったところを、なんてことだって起こり得るのだ。
「その辺りも含めて大人の責任という奴だよ、少年」
気にするなというように叶は目を細めて夏樹を見る。口にするまでもなく見抜かれてしまっている辺り本当に自分は子供で叶は大人なのだろうと彼は感じる。
「わかりました、お願いします」
それであればこれ以上の心配は子供のわがままなようなものだろう…………流石にそれは恥ずかしい。素直に受け入れて厚意に甘えることにする。
「明日学校が終わったらまた来るといい」
「そうします」
夏樹は頷く。明日は土曜なので半日で終わるし、翌日は休みだからその時間を使って今日の分を返せばいい。
それからすぐに氷華と一緒に夏樹は部屋を後にした。
◇
部屋から出るとそこは自宅の前の道路だった。それは念じれば好きな場所に出られるというシラネの言葉通りであり、出る場所に関しては扉からである必要はないらしい。
「?」
そのまま玄関へ歩こうとしたら後ろに袖を引かれる。振り向いてみれば氷華が立っており彼の袖を掴んでいた。
「えと、氷華?」
彼女も自分の家に帰ったと思ったのになぜここにいるのだろうか。
「書斎」
「え、ああ」
じっと自分を見る氷華に彼女と話したことを思い出す。部屋を出る為の協力を得るために叶のアドバイスもあって祖父の書斎を引き合いに出したのだ。
氷華の反対側の脇にはしっかりとあの部屋にあった本が数冊挟まれていて…………提案した身としてはその置き場所をしっかり提供する必要があるだろう。
「不都合?」
「いや…………」
時刻は遅くはあるが遅すぎるわけでもない。いざとなればあの部屋を使った移動もあるのだし長居しなければ問題ないだろう。
「ちょっと母さんがうるさいかもくらい、かな」
こんな時間に女の子を連れて帰ったらどんな反応を見せるか、夏樹には容易に想像できた。
「…………うるさい?」
「ええと、多分確実に僕が彼女を連れて来たーって騒ぎだす」
今まで碌に女友達を連れて来たりもしなかったから確実に。
「それは、ちょっと嫌」
「だよね」
夏樹は苦笑する。
「違う」
しかしすぐに氷華は首を振る。
「別に、そう。夏樹が彼氏として見られるのに不適格というわけではない…………ただ、騒がしくされるのは苦手なの」
言葉を選びながら口にする彼女に、どうやら自分が気を遣われてしまったらしいと夏樹は苦笑する。
その言葉はお世辞であろうと謙虚に受け止めるが、それでも無愛想に見える氷華の気遣いはとても嬉しく感じられた。
「そっか、じゃあ今度日を選んで連絡するよ」
母親も常に家に居るわけではないし、事前に氷華の人となりを言い含めてそれでも騒ぎ立てるような無神経な人でもない。
「うん、それでいい」
「じゃあ今日はその本だけ預かるってことで」
「お願い」
氷華は手持ちの本から一冊だけ残して彼に渡す。
「そうだ、これ僕の連絡先」
連絡先の交換もしてない事を思い出して夏樹はスマホを取り出す。これからもあの部屋で顔は合わせるだろうが、スマホでやり取りできた方が便利なのは間違いない。
「氷華もスマホは持ってるよね?」
「…………一応」
一応の言葉通り氷華が取り出したのは少し古めかしい機種の物だった。それも普段からあまり使用していないようで操作する手つきはたどたどしい。
だがそれでも何とか電話番号の交換はすることが出来た…………SNSのアカウントはそもそも作ってもいないようなので今度時間のある時に教えようと夏樹は決意した。
「ええと、送っていこうか?」
すべきことは済んだので夏樹はそう尋ねる。氷華の家がどこかは知らないが夜道を一人で帰らせるのは心配だ…………例えその武力を見たにせよ、だ。
「ん、大丈夫」
ふるふると氷華は首を振る。
「でも」
「適当に扉、使って帰るから」
「ああ」
あの部屋を経由するなら夜道は心配ない。
「それじゃ、また明日」
「うん」
頷いて氷華は夏樹に背を向ける。
その背中が小さくなるまで見送ってから、夏樹も自宅へと足を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます