一話 異世界勇者を育てよう

「異世界の勇者って…………僕たちが成るわけではなく?」


 異世界の勇者を育ててもらう、そう口にした少女に夏樹は尋ねる。彼が読んでいるライトノベルなんかではこういう場面では直接世界を救うようなことを要求されるものだ。


「いいえ、成らないです。皆さんが直接介入しちゃうと規約に引っかかっちゃうのですよ」

「…………規約?」

「神様同士の約束事みたいなものです…………その辺り含めて最初から説明するですよ」


 そういうと少女はこほんと息を整えて夏樹たちを見回す。


「まずは改めて自己紹介をするです。私は白にして悠遠なる神より生み出されし眷族シラネです…………皆さんが想像するところの天使のようなものと思って貰えばよいですよ」


 一般に想像するような翼はないが、あくまで神に仕える者という意味合いなのだろう。


「へえ、神様って実在するんだね」

「もちろんですよ」


 茶化すような叶の物言いにシラネは真面目に頷く。


「皆さんの暮らす世界だって虚空に神が作りし世界です」

「その割には神の御威光は感じないがね」

「それは規約があるので仕方ないのです」


 また規約という言葉が出て来る。


「話を戻すですが、私の主以外にも神様はたくさんいるのです。そしてそれと同じ位…………いえ、それ以上に世界も存在するのですよ」


 シラネの言葉が事実ならば神の数だけ世界が作られていてもおかしくはない。もちろんその中には幾つもの世界を作る神だっているだろう。


「なんでまた神様はそんなにたくさん世界なんか作ったのかな」

「神様にとって世界の想像は娯楽なのですよ。人間も箱庭を作ったりシミュレーションゲームとやらで遊んだりするのですよね…………それと同じなのです」

「そいつは庶民的な神様なことだね」


 皮肉気に叶が肩を竦める。つまるところスケールは大きくなってもやってることは人間と変わらないのだ。力はあっても精神性では人間とあまり変わらないのかもしれない。


「だが確かにそれなら規約も必要になるだろうね…………どうせ他人の世界にちょっかいをかける悪戯な神様でもいたんだろう?」

「その通りですよ」


 シラネが頷く。精神性が人間とあまり変わらないならそれも不思議な話ではない。


「神様たちは生み出された世界に対する直接的な干渉を禁じる規約を定めたです…………これはその世界の創造主であっても例外のないものなのですよ」


 恐らく自分で生み出した世界にひどいことをする神もいたのだろうと夏樹は思う。それを禁じる規約になっているということは、そうした世界に同情を抱く神も多かったのだろう。


「他にも細かい規約が追加されたり削除されたりしているですが、大筋では神様が世界に対して直接介入することが出来ないと覚えてくれればいいですよ」

「えっと、この部屋とか僕たちは?」


 この部屋を作ったのも招き入れたのもシラネの主であるという神なのではないだろうか。


「この部屋は世界の外にあるので規約外ですし、この部屋にも皆さんは自ら足を踏み入れているのですよ?」

「…………ありなんですか、それ」


 確かに夏樹はこの部屋に自ら足を踏み込んではいるが、この部屋に入りたかったわけではない。


「ほら、皆さんは元々世界から逸脱しかけていたわけですし…………何かの拍子に世界の外に出ちゃって偶々この部屋に迷い込んだだけなのですよ」


 目を逸らしながらシラネが言う。


「なるほど、そういう方向ならありなわけだね」


 夏樹は呆れていたが叶は楽しそうだった。


「それで話を戻すですが、皆さんにとっての異世界の一つに私の主たる神の創造した種が繫栄しているのです…………ですが今彼らは滅亡の危機にあるですよ」

「それを救えってことですよね?」


 ようやく最初の話に繋がるらしい、


「ええ、その為に皆さんにはその世界で勇者を育てて欲しいのです」

「なるほど、間接的に手助けするという事だね」


 納得したように叶が頷く。


「そうです。主は直接介入できない、ですが皆さんに直接力を与えて送り込むのも規約に引っ掛かってしまうのです…………だから皆さんにはこの部屋から勇者を選び、それを育てて世界を救って欲しいのですよ」

「えっと、つまり僕らに神様の真似ごとをやれと?」


 ゲームやライトノベルなどではよくある主人公に力を与えて導く役どころだ。


「はい、その為の機能と力がこの部屋にあるです」


 答えると同時にシラネは手を振る…………すると部屋の中央にあった長テーブルに小さな世界が生まれ出でる。


 そびえ立つ山々に大木の立ち並ぶ大森林、陸地を囲むように広がる広大な海。そして開けた平地には塀で囲まれた村や町が点在し、さらにそこに暮らす人々の姿があった。


「えっと、これが?」

「はい、皆さんに救って頂く異世界なのですよ」

「…………」


 夏樹は押し黙ってテーブルの上に広がった世界を見回す…………ぱっと見た感じ文明のレベルはそんなに高くはないようだ。開発されていない自然がまだ溢れているし、建物も石やレンガ造りのものが上限で小さな村は木造のものがほとんど…………よくある中世ファンタジーの世界、そんな印象だった。


 そしてそんな世界の半分は黒く闇に覆われている。単純に考えればその闇が異世界を襲っている危機なのだろう。


「ふんふん、勇者を育てろということはもしかして魔王がいたりするのかな?」

「はい、それが最終目的と思ってもらってよいのですよ」


 楽し気に尋ねる叶にシラネが頷く。


「RPG、いや勇者を育成するならSLGかな。私の趣味には合いそうじゃないか」

「…………ゲームじゃないと思うんですが」


 シラネの言葉が本当ならテーブルの上にあるのは現実に存在する異世界であり、そこに暮らす人々は各個の命を持った存在なのだ。


「はっはっは、少年。見ず知らずの世界やそこに暮らす命に責任なんて持てないし、持たない方がいい…………ゲームくらいに思っていた方がいいとお姉さんは思うね」

「…………」


 はいそうですね、とは夏樹は答えられなかった。


「氷華はどう思う?」


 ここまで会話に混じっていなかった少女へと尋ねる。


「どうでもいい。必要だからやるだけ」


 ある意味では叶よりも冷淡な返答だった。


「ええと、シラネはそれで問題ないの?」


 仕事に対する意欲という意味ではどちらも好ましいとは言えないが。


「いかなる感情で挑まれたとしても、結果として主の望み通りに創造物たちが救われれば問題ないのですよ?」


 それには結果が全てという成果主義な返答が戻ってきた。


「…………」

「気楽にやったほうが大概の仕事は上手くいくものだよ、少年」


 何とも言えない顔をしている夏樹の肩を叶はぽんと叩く。


「それで、勇者を育てると言っても具体的に私たちはどうすればいいのかな? そこに浮かんでいる世界を触って干渉なんか出来たりするのかい?」


 わざわざテーブルの上に異世界のミニチュアを生み出したことに当然意味はあるだろう。


「あ、そういう機能もあるにはあるんですけど…………あんまり干渉するとそれも規約に引っ掛かっちゃうのですよ。ですから基本的には情報確認の為のものと思ってくださいです」

「ふむ、このままだと小さすぎるが拡大できたりするのかな?」

「もちろんなのですよ」


 シラネが胸を張って頷き、その両手を使ってスマホの画面をスワイプするようにテーブルの世界を広げると、その部分を起点として拡大していく…………表示はテーブルの上に限られているようで拡大に伴って世界の端は消えていった。


「まるでスマホのようだねえ」

「皆さんにわかりやすい機能となっているのですよ…………他にもこうやって触れると情報を出せたりするのです」


 答えながら拡大された世界の樹木をシラネが指で触れる…………するとその木の名前から状態、その世界における用途などの副次情報がポップアップで表示された。


「ふむ、そうやって得た情報を使って勇者を導くわけだ」

「ですがあの闇に覆われている部分の情報はあまり表示出来ないので、その辺りは気を付けて欲しいのですよ」

「見ての通りという事だね」


 叶が頷く。その辺りは魔王の支配領域ということなのだろう。


「えっと、それじゃあその光点は?」


 闇の領域を見ていて気になっていたことを夏樹が口を挟む。シラネが情報を得られないという闇に覆われた部分は確かに視覚的にも閉ざされているが、何か所の部分には小さな光がともっているように見える。


「ああそれは神様の残した神具が納められた場所なのですよ」

「神具?」

「神様の力の込められた強力な武具などです」


 つまりは伝説の剣とかその類のものなのだろう。


「そういうのを送り込むのはありなの?」


 夏樹たちが直接異世界に赴けないのと同じで駄目な感じがするのに。


「あ、それは大丈夫なのです。神具は神様たちの間で規約が結ばれる前に主がその世界に仕込んでおいたものですから」


 シラネの主とやらはこうなる事態を想定していたらしい。


「とすると大筋の目的は勇者を育てながらそれらの神具を回収していく感じかな?」

「それで問題ないと思うのですよ」


 叶の確認にシラネが頷く。


「それで、肝心の勇者はどこにいるんだい?」


 概ね概要を掴んだところで、最も重要な事柄を叶が尋ねる。


「それは皆さんに選んで欲しいのですよ」

「…………僕らが選ぶんですか?」


 夏樹はてっきり勇者は選ばれているものと思っていた。


「血筋とか、そういう設定があったりしないのかな?」

「そういう人たちを選びたければそれでもかまわないのですよ」


 続けて尋ねた叶の質問にもシラネは自由だと返す。


「ふむ、逆に言えば誰を選んでも勇者として魔王を倒しうるというだね」

「ああ、なるほど」


 叶の言葉に夏樹は納得する。


「もちろん当人の資質や素性に現在地などは重要なのですよ…………ですが誰を選んだとしても皆さんの導き次第で魔王は倒しうるはずなのです」

「あ、そうか。今どこにいるかとかも大事なんだ」


 シラネの言葉で夏樹はそれに思い至る。例えば敵の勢力圏から遠い人物を勇者に選べば準備期間に余裕は生まれるし、神具の隠されている場所に近い人物を選べば早くからその恩恵にあずかれる可能性も生まれる。


「少年、それも大事だが問題は選んだ後にできることだよ」

「えっと、育てるんですよね?」


 ちらりとシラネを見ると彼女は深く頷く。


「育てると言ってもペットじゃなくて異世界の人間だ。RPGのようにモンスターを倒せば成長するのか、それとも私達の世界のように地道に鍛える必要があるのか…………もし死んでしまったらどうするのかをまず聞いておくべきだと私は思うよ」

「死…………」


 思わず夏樹は絶句してしまうが確かにそうだ。魔王という敵が存在してそれに戦いを挑ませる以上は死の危険は付きまとう…………夏樹たちにとっては遠い世界の出来事でも、勇者に選ばれた当人にとってはそれが現実なのだから。


「シラネ、もしも勇者が死んだら新しい誰かを選ぶのかい?」

「いいえ、なのです」


 それにシラネは首を振る。


「ふむ、死んだらそこで終わりという事かな」

「違うのですよ」


 再び彼女は首を振った。


「選んだ勇者は例え死んでも、何度だって生き返らせることが出来るのです」

「ふむ、正にRPGといった感じだね」


 それはゲームであれば当たり前の設定だ。


「それに選ばれた勇者当人には地獄かもしれないが」

「っ!?」


 しかし続けられた叶の言葉に夏樹は息を呑む…………魔王を倒すまで勇者には死ぬことも許されない。


 それが現実であったなら、確かに地獄かもしれないと彼は思った。

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