弱者のトラウマ
ぼくは昔からよく不良に絡まれていた。
優等生でさえ本能でぼくに会うとつい偉そうにしてしまうのにただでさえ普通の人にも偉そうにしている不良がぼくに目をつけないわけがなかった。
そうしてクラスの陽キャから他校の不良までいろんな人に奴隷扱いされ、パシらされた。
ぼくはそんな奴らではなく、その命令通り動くしかない自分の弱さが嫌で嫌で仕方がなかった。
小学生五年生のそんなある日パシらされていた帰り道、ある広告が目に入る。
「空手道場!新入会生募集中!」
それを見てぼくは決めた。強くなろうと。
そう決めたからにはさっさとパシリを終わらせて、家に急いで帰り、母親にねだった。あまり昔から親を頼ったり、甘えたりすることがなかったぼくがいきなりお願いをしてきたので親はびっくりしていたが、決めているのならとすぐ入会手続きをしてくれた。
それからの道場の鍛錬は決して生半可なものじゃなかったが、その分自分がどんどん強くなっているのがわかり、人生でこれまであまり夢中になれることがなかったぼくはすっかり空手少年になっていた。
しかしこの時はまだ空手は使わず空手で黒帯、つまり有段者になり認められてから、その不良たちに復讐してやろうと思っていた。
普段の腹筋、背筋からはじまり、道場には休まず毎週通うようにしていた。
どうやらその努力が認められたようでその道場では神童やら天才やらとよく言われていた。
そしてついにその道場では最速の一年で黒帯を持つ有段者になることができた。
その帰り道、ぼくの気分は最高潮だった。いつも、普段は鍛錬の後でフラフラで帰ることが多い帰り道もステップでもしたくなるほど元気だった。
自分へのご褒美にとぼくはジュースを買い飲みながら歩いていると。
すると急にすれ違いざまに自分より一回り大きい男の人に肩をぶつけられた。
「いたっ!」
そう言ってぼくは吹き飛ばされる。
しかし
「いってぇぇーこれは完全に折れてるわー」
??? なにを言っているのかわからなかった。
声のした方を見るとだいたい中学生ぐらいの男の人が3人ほどいた。
「だっ大丈夫ですか?」
「いやー めっちゃ痛いんだけどー
あっお兄ちゃんたちね。ちょっとお小遣い足りなくてね。今その財布に入ってる5000円札をくれたら気分が良くなって怪我をしてること忘れちゃうかもなー」
そこでやっとぼくは気づいた。これはカツアゲだと。
そしてこの人たちにさっきジュースを買った時にがま口に入っていた5000円札を見られていた。
この5000円札はお母さんがもしものために持たせてくれているお金だった。普通に考えればこれはもしもに十分含まれるのだが、黒帯になり舞い上がっていたぼくは一番愚かな選択をする。
「本当に荒れてるわけねーじゃん」
一番前にいた不良はそれを聞くと顔を真っ赤にして
「舐めてんのか?コラァ!」
と怒鳴ってきた。
「子供だからって殴らねえと思ったら大間違いだぞ!」
その後ろの不良も続く。
「ふんっ!殴れるものなら殴ってみろよ!」
すると一番前にいたやつが急に殴りかかってくる。しかしぼくはそれをかわしてから流れるように中段の蹴りを入れる。体が傾いたところでちょうどいい高さになった顔に一発逆突きを入れる。すると途端に倒れて地面に蹲る。
やった、やっっったぁぁあ。
ぼくは興奮で死にそうになる。当たり前だ。これまで搾り取られる側だったぼくが搾り取る側を下したのだから。
しかしその喜びは長くは続かなかった。
残った二人のうち一人が怒りで真っ赤になり突っ込んでこようとした。しかしそれをこれまで一言も発せず後ろで見ていた少し大きめの男がそれを片手で止めた。
「なに?調子乗っちゃってんの?ぼくちゃん?」
そう言って近づいてくるぼくは容赦なく突きをするようにフェイントをかけて下段蹴りを入れようとする。
しかし次の瞬間ぼくは地面にひれ伏していた。
ぼくはなにが起こったのかわからなかったが、髪を掴まれて冷静になって下段蹴りをした方でなない方の足を瞬時に蹴られて地面に倒れ込んでしまったのだと気づいたのだ。
それから何発か殴られた。それから不良はぼくの財布から金を抜き出し、満足したのかどこかへ行く。
そしてぼくは悟った。弱者のぼくがどれだけ頑張っても強者には勝てないのだと。
目の前にある金を抜かれて空っぽの財布をぼくは握りしめて泣いた。痛みにではなく、自分自身の弱さに。その弱さによる不条理は決して覆せないとわかった。
それからボロボロの体をひきづりながら家へ帰った。
それからというものぼくは空手をするのが怖くなった。
後で調べるとぼくがボロボロにされたのは中学生の空手の大会で何度か優勝している実力者らしかった。しかし、ただ負けたという事実のみが残ったぼくにはそんなことどっでもよかったのだ。
そうして高校二年になった今でも筋トレは続けているが未だ空手をするのがトラウマになっている。
あっと なんか頭の中で自分の過去を思い出すという厨二病っぽい言動をたいしているうちに下駄箱についたな。
うちの学校の旧校舎は本館からは一度靴を履き替えて外靴のまま入る。
予備教室に行こうとぼくは下駄箱を開けると気づいた。明らかにある絶対好きな人には贈らないような真っ赤っかの手紙が大体内容はわかる。
「日野さんの悩み相談には少し遅れそうだな」
不良に呼び出されたのとそのあと日野さんにボロクソ言われる自分が頭に浮かびぼくは一人ため息をつく。
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