第15話 動揺を隠す方法を教えてください

そして私は、その指の腹に付いてしまったホコリをどうしてよいか分からなくなってしまったのです。いつもだったら、と考えたのですが、五本の指の腹にホコリが付いたことなどないのです。親指にホコリが付けば人差し指とすり合わせてホコリを払えば良いし、小指にホコリが付いていたら、親指とすり合わせれば良いでしょう。でも違うのです。五本指についていたら、どの指をすり合わせてもホコリとホコリが互いに摩擦を起こすばかりで、なんの解決にもならないのです。このホコリを払わないことには鉛筆も持てず、先ほど間違った箇所を消すこともできません。

 とりあえず右手をパーにして、机に肘を付けて上に上げて、左手で文字を書いたり消したりすることを思いつきました。左手で書いた文字はへにょへにょヘロヘロでまるで蛇の様でしたが、見えないわけではありません。あまり力が入りませんが、消しゴムを持って消すことだってできます。

 授業が終わるまでの二十五分間、左手を酷使しました。右手はいつも頑張ってくれているので、有休としましょう。私が右手をパーにしたまま、机に肘をついて上に上げているものですから、小野君は後ろで何やらブツブツと言っていました。

「やっぱり…ブラックホールにやられたのか」

「俺はお前を守ることは出来ない…。お前もとうとう、こちらの世界に仲間入りか…」

「右手が不自由なのは、右手が疼く、ということと同義だ…。頑張ってくれ…」

 訳が分かりません。私が反応しないでいると、小野君は授業終了の鐘が鳴ると同時に私の肩を叩いてきました。

「痛いのか?」

「いえ。ホコリをどうしたら良いのか分からなくって」

「洗ったらいいんじゃないか?」

「そのくらい分かりますよ。でも授業中だったので」

「俺はびっくりしたんだぞ。お前がいきなりブラックホールに手を突っ込んだりするから…。俺みたいに左腕を無くしたら大変だからな」

小野君は顔をしかめて左腕をさすっています。私は曖昧に頷くと、教室の前の引き戸へ向かいました。もちろん、この手に付いたホコリを綺麗に洗い流すためです。

 引き戸の前まで行くと、扉がスッと開きました。開けごまなんて言ったかしら、と思うのと同時に、右上から声が聞こえてきました。

「右手、どうしたの?」

 田中君です!肘を曲げて、五本指を全て開いた私を見て、相変わらずの微笑を浮かべています。

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