第14話 よく知らない田中君とスパゲティのような私
二十分が経過したころ、ようやくただの数字の羅列だった数式が、ちゃんとした連立方程式に見えてきました。鉛筆の握り方も、ノートの取り方も思い出しています。連立方程式を解く、間違いを消す。解く、消す。解く、消す。いつもよりも間違いが多いです。解く、消す。解く、消す。解く、消しゴムが音を立てずに床に落ちました。肘が当たって落ちてしまった消しゴムを、私は椅子の上から腕を伸ばして取ろうとしました。右に体の重心と顔を向けて消しゴムを取ろうとした時、田中君と目が合いました。まっすぐに私の目を見つめる彼は、私の知っている田中君ではありませんでした。このクラスの皆が動物であれば、今の田中君はハイエナのように見えます。このクラスの皆が悪の組織であれば、今の田中君は大金持ちのボスのように見えます。男女が入り乱れるこの教室では、今の田中君はつまり、オスのように見えます。自分の身体が硬直し、足元から徐々に熱くなってくるのが分かりました。スパゲティを小さな鍋で茹でると下からフニャリと曲がって上が徐々に熱せられますが、まさに私は小さな鍋のスパゲティでした。
動揺を悟られるというのは格好悪いものです。なぜなら動揺しているだけで、私はあなたより経験値が低くてウブなんですよウフフ、と言わずとも伝わってしまうからです。だからなるべく、いつものように消しゴムを拾い、目の前の黒板に向き直りました。頭の中ではいつも通り淡々と振舞う自分が想像できていたのですが、実際は違うようです。なぜなら、まず消しゴムの掴み方を忘れてしまったからです。親指と人差し指があれば、握力三の人だって消しゴムを取ることができるはずなのです。けれどなんだか動揺してしまい、五本の指を盛大に使って消しゴムを上から包み込むようにして取ってしまったのです。五本の指の腹は、床のホコリで汚れてしまいました。
「あぁ!床はブラックホールになっているから、そんな風にしたら危険なのに…。残念だったな…」
後ろの小野君が小さな声で呟いています。いつもであれば、ここがブラックホールだったらもう私たち皆死んでますよ、とか、勝手に殺さないでくださいよ、とか、何かしらの反応が出来るはずなのですが、今日に限ってはただ腹が立っただけでした。
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