第11話 中二病的自己中心的解釈
「この間、田中君が、好きな人いるって言ってたじゃない?」
スマートフォンに目を落としながら、松本さんが小さな声で呟きました。
「言ってましたね」
「あれはびっくりしたなっ」
吉田さんはあの時、驚きのあまりしばらく踊れていませんでした。彼女の感情に素直なところは、とても可愛く思えます。
「誰だと思う?」
松本さんは液晶画面から顔を上げました。ブルーライトの光が松本さんの瞳を輝かせます。
「このクラスの女子だからなぁ。分かりませんよねっ」
「十五分の一の確率で、田中君の好きな人がいるってことですよね」
「違うわよ。三十一分の一。さっき話したじゃない。人間を好きになるのに、人種も性別も関係ないって」
「ああ、そうでした」
「誰かなっ」
ややあって、松本さんが口を開きました。
「私は、楠さんか、私か、加藤さんか、吉田さんだと思ってる」
私は驚きと、何故か多少の恐怖を感じ、松本さんの瞳を見つめました。イチゴシロップのような色の眼鏡の奥の瞳は真剣です。
「なんでですかっ?楠さんも結構な塩対応されてたじゃんっ。あと男子が入ってないよっ」
「そうですよ。どうしてその四人だと思うんですか?」
松本さんはしばし沈黙した後、口を開きました。
「田中君のあんな子供っぽいところ、見たことないもの。駆け引きしようとしたんじゃないかしら」
「そうですかね」
「そうよ、だって、あの田中君よ。あまり他人には干渉しないし、自分と好きな人以外はどうでも良いはず。別に噂になったらなったで、飄々とかわすこともできるような人じゃない」
「でもだからって…」
「楠さんが好きだったら、あの場で君が好きだと言うよりも、夕焼けが教室をオレンジ色に染める放課後に告白した方が良いし、そっちの方が田中君っぽいでしょう」
「なるほど。それも一理ありますね」
「あそこで好きな人を答えないで焦らしていたように見えるのよ。彼は少し計算高いはず」
「男の子が好きで、隠したんじゃないですかっ」
「男の子だったら言うわよ。例えば井上君を好きだと言っても、私たちの返答はただ、はぐらかさないでよってなるだけ」
「そっか、ふざけてると思うかっ」
「だから男子が好きだったら、言うのよ、きっと」
「じゃあ男子の線は無しですね」
「このクラスの、四人以外の他の女子であれば、きっと言ってるわ。彼は嘘が嫌いだ、正直に生きるべきだと井上君と話していたもの。噂になっても彼だったら何かと理由を付けて逃げ回ることができるはずだし」
「じゃあ他の女子の線も無しかなあっ」
「で、残るは楠さんか、私か、加藤さんか、吉田さん。私たちが盗み聞きしていることを知ったうえで、彼は答えをはぐらかしている。きっと面と向かって告白したいのよ。そして彼の好きな人が、田中君の好きな人誰かなって気になることを期待している」
「そうでしょうか?」
「でももう木曜日でしょ?好きな人がいるって断言して、もう一週間も経ってる。こうなると、楠さんの線は薄くなってるんじゃないかな。結構塩対応してたから、告白するなら短いスパンで攻めないと嫌われるでしょう?だから残るは、私か、加藤さんか、吉田さん」
松本さんは自分の考察こそ正義だ、という風に自信満々に語りました。その目はスマートフォンではなく、田中君のスクールバックに向けられています。
「本当にそうでしょうか」
どうにもそれが本当だとは思えません。私たちの外見は、正直楠さんのような美少女に比べれば圧倒的に劣っています。もし少女漫画やBLドラマだったら、さえない主人公が完ぺきな人物に好まれてわちゃわちゃされることが多いでしょう。けれどここは現実なのです。松本さんは少しばかり勘違いをしているのではないかと思いました。
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