第10話 盗み聞きと確信犯

先週の木曜日の昼休み、読書をしていた田中君に、楠さんが近づいていきました。

「田中君、この間も告白されたんでしょ?付き合わないの?」

 きちんと撫でつけられた艶やかな黒髪が、楠さんの肌の白さを強調しています。目の上でぱっつんと切られた前髪は、彼女の長い睫毛を携えた黒い大きな瞳をより大きく見せています。

 いつものように松本さんの席に集まっていた私たち三人は、声を潜めて田中君の返答を伺っていました。田中君が珍しく教室にいたため、私は松本さんの左隣の席をお借りしていました。右の松本さんに体を向けていたので、田中君に近い左耳に神経を全集中させました。松本さんもスマートフォンに顔を隠し、耳をそば立てていたし、吉田さんは踊らずに変わったポーズで立ち止まったまま動いていません。

「う~ん、好きな子がいるから」

「え?」

 楠さんは呆気に取られたような顔をしました。

「え?」

「え?」

「えぇ?」

 盗み聞きをしていた私と松本さん、動き出した吉田さんまでが面食らってしまいました。

 田中君は爽やかに笑います。

「…このクラスの子?」

 楠さんは、少し怯えた表情で田中君に聞きました。私と松本さん、吉田さんは固唾を飲んでその返答を待ちました。

「うん」

 そう言って、田中君は読んでいた文庫本に目を落としました。もうこれ以上は話さないよ、という合図のようにも見えます。

「誰なのか、聞いてもいい?」

 楠さんは恐る恐るといった様子で、田中君の顔を覗き込みました。

「聞かれても、答えないよ」

そこにいつもの英国紳士田中君はいなくて、少し尖った中学二年生が垣間見えました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る