第2話 彼氏が出来る黒魔術

彼氏ができる黒魔術、を試してみたことがあります。

午前零時。この黒魔術には、蝋燭四本、キャンドルホルダー四本、洋ナシを二個、赤いお花(なるべく薔薇が良い)を二本、藁人形一体が必要です。

夜中にこっそり起き出して、テレビのある居間で黒魔術を実践してみました。今年の梅雨の時期。薄いパジャマが腕にへばりつく、蒸し暑い夜でした。

ソファには座らず、机とソファの間の小さな空間に腰を落ち着かせます。蒸し暑い空気と、手に持った黒魔術の本の湿っぽさに、思わず顔をしかめてしまったものです。テレビでも点けてしまおうか、と不気味な恐怖の中で思ったのですが、やめておきました。テレビでもなんでも、ここで人工的な音が鳴ったら余計に怖いと思ったのです。

豆電球の小さな灯りの下で、蝋燭四本に火を付けます。蝋燭に光が宿ったら、人工的な電気を消します。蝋燭だけで充分明るいですから。そうしたら次に、黄緑色の洋ナシに薔薇を挿します。洋ナシは横向きで、広い面に薔薇を差し込むのです。子供の力ではどうにもなりませんでしたから、ナイフを使って洋ナシに切り込みを入れて、薔薇の緑色の茎を差し込みました。棘には注意しましょう。これで準備万端です。

四本のキャンドルホルダーに入れられた四本の蝋燭を、対角線上に置きます。上から蝋燭を線で結べば、正方形になっているのが正解です。そして、花を挿した洋ナシを左右に並べます。左右が、蝋燭洋ナシ蝋燭、の順番になっているか、上下は蝋燭と蝋燭の間に何もないか確認してください。確認が出来たら、中央に藁人形を置きます。これは神様が出て来る人形ですので、大切に扱いましょう。

ここまで出来たら、あとは三回、魔術を唱えます。

「ヴァヘレ、ヴァボレ、ユム、サトレー、ゴッボ、ヘガウェオ、サムレイ、バローネ、ブッポ、サバド!」

「ヴァヘレ、ヴァボレ、ユム、サトレー、ゴッボ、ヘガウェオ、サムレイ、バローネ、ブッポ、サバド!」

「ヴァヘレ、ヴァボレ、ユム、サトレー、ゴッボ、ヘガウェオ、サムレイ、バローネ、ブッポ、サバド!」

 両手を組み合わせて願いを唱えます。

「彼氏を下さい!」

 三秒目を瞑り、風がないのにも関わらず炎が揺れたら成功です。揺れた蝋燭の炎を一本ずつ消しましょう。左上から消して、右上、右下、左下の炎を消せば完了です。

 結構大変な作業でした。これで彼氏が出来るのならばお安い労力です。しかし出来なかったら、結構大変な作業を、ただ午前零時に遂行した、というただそれだけの事実が残るだけなのです。私には結局彼氏ができていませんから、ただ大変だった、という思い出が残っているのみです。

 ちなみにこの黒魔術の本は、黄色いお城のような古びた古本屋「クイーンシャトー」に置いてありました。入り組んだ住宅地にぽつんと存在し、異様な雰囲気を醸し出すそのお城にはよく分からないへんてこりんな本がたくさん並べられていて、私はその店が大好きでした。

 私はそこの店主も大好きでした。しかし彼は店同様、かなりへんてこりんな人物でした。白いひげに、丸くて黒光りするサングラスをかけていて、頭には緑色の大きなタコの帽子を被っているのです。彼はいつも椅子に座っています。微笑みながら、いつの物かよく分からない新聞を読んでいるのです。あれはきっとずいぶん昔の新聞です。彼の本業は、考古学者か何かなのでしょうか。

 私がクイーンシャトーを見つけたのは中学二年生になったばかりの、四月のことでした。店長以外誰もいないクイーンシャトーには、壁を埋め尽くす量の本が置いてあるのです。ホコリっぽさと、色々な人の体臭が混じりあった店内は、何故か癖になります。

店内に私たちが好むような最新のマンガなどは無くて、何故か昔の、よく分からないB級漫画や小説、雑誌が置いてあるばかりです。けれどそのどれもが魅力的であり、クイーンシャトーはまさしくお城のような場所でした。

いつ行っても客は誰もいないのですが、クラスメイトのほとんどがクイーンシャトーのことを知っていたことから、皆一度は行ったことがあるのでしょう。

 私が購入した黒魔術の本は、占いコーナーにひっそりと置いてあった、薄いものです。油染みや手垢が沢山ついていて、百五十円の破格でした。紙の表紙はところどころ破れていて、赤いペンで大きなバツ印が書かれていました。だから黒魔術は成功しなかったのかもしれません。けれど、なんだかお守りのように大切にしないと罰が当たりそうだったので、毎日スクールバックの奥の方にねじ込んであります。

 もちろんこのことを、二人に話してはいません。こんなにも彼氏を欲しがる私を不気味に思って、友だちを辞めようなんて言われたら嫌ですから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る