中二病恋愛白書

@daruma_zipup

第一章 恋とは、何ぞや

第1話 彼氏が欲しいのです


彼氏ができません。私に問題があるのかも、私に興味を示さない男子学生全般に問題があるのかも、この際もうどうでも良いのです。

 

 小学校三年生の頃、おませさんだった隣の席の田村さんは隣のクラスの小池君とお付き合いを始めたと言っていました。理由を問うと、彼女はふくよかな頬をもちもちとさせて言うのです。

「ゆうくんは、格好良いし、しかも面白いの」

 なんて薄っぺらいのでしょうか。そんなものが付き合う、という定義に当てはまるのならば、私だって遠の昔に、きっと幼稚園の頃に、お付き合いというものを経験しているはずなのです。


 私は今、大旗中学校に通っています。高台に聳え立つ、新しそうに見えて古い学校です。木製の床や廊下は歩くたびに軋み、コンクリート造りの白壁はひび割れてしまっています。一昨年、外側だけを工事をしたこの校舎は、比較的新しく見えても中に入れば古い建物であることが一目瞭然という、外見だけ取り繕った女性のようです。

朝でも昼でも、もちろん夕方でも、いつ何時でも薄暗いこの校舎の階段を上がると、二年生の教室層になります。私は階段に一番近い、二年三組に属しています。二年三組の教室のベランダからは海が見えるのです。天気が良い日には穏やかな海が、天気の悪い日には怒った海が見えます。これは二年三組に属した者だけに与えられる特権なのです。

 朝、八時半ぎりぎりに二年三組の後ろの扉をガラリと開けると、一番手前壁際の、松本さんと吉田さんが話している席に直行します。あと二分くらいすれば先生が来るので、とりあえず挨拶をした後は、自分の席、窓際の前から三番目、後ろからも三番目、日の光が顔によく当たるあの席に戻ります。

 朝の会が終われば、また松本さんと吉田さんの所に行きます。給食が終わった後のお昼休みも、飽きずに松本さんと吉田さんの所に行きます。掃除が始まる前の少しの時間も、帰りの会が終わった放課後だって、松本さんと吉田さんの所に行きます。

特に何をするでもありません。松本さんは深夜にやっているBLドラマの俳優画像をスマホで眺めてうっとりしているだけだし、吉田さんは、似ても似つかない可愛いアイドルのダンスを一人でただがむしゃらに踊っているのです。私はいつも、松本さんの前の、田中君の椅子をお借りして、スマートフォンを眺める松本さんのお顔を眺めたり、吉田さんの程よくキレのあるダンスを見物したりしています。

たまに、三人で語り合うこともあります。私たちはそれを「豊かな人生計画会議」と呼んでいます。略して人生会議です。宗教についてだったり、ひょうたんについてだったり、和菓子主義VS信条洋菓子派についてだったり、トマトとミニトマト論争だったり、その会議内容は様々です。

 給食でお腹を満たした後に突如始まった人生会議の内容は、「人を好きになる、ということについて」でした。とりあえず、今日の豚汁がいかに美味しかったか、という話をしたかったのですが、仕方がありません。

 いつものように松本さんは自分の席に座り、私はその前の田中君の椅子を松本さんの席の方に向けました。吉田さんは話している間も手足を動かすので、松本さんの右手側、障害物も何もない少しのスペースで踊っています。

「人間を好きになる、ということに人種も性別も全く関係ないわ」

「それには激しく同意ですっ」

 イチゴシロップのような色の眼鏡をクイ、と上げた松本さんに、吉田さんが、あるアイドルを真似しているという、きゃぴきゃぴした声で答えました。

「そうですね。人間を好きになる、という点において、それは個人の嗜好によりますから」

「そうよ。男が好きなら男を好きになれば良いし、女が好きなら女を好きになれば良い。肌が黒い人に魅力を感じるならば、それはそれで良いのよ。目の青い人が黄色い肌の私たちを好きになることだって、十分あり得ることだわ」

「私は日本人の男の子がいいなっ。少女漫画を読んでると憧れちゃうっ」

「私はBLが好きだけど、見る専門。私も普通に同学年か先輩の男の子が良いわね」

「二人は彼氏、いたことあるんですか?」

「あるわよ、バカにしないで」

「あるよっ。今はいないけどっ」

 松本さんは目を大きく見開いて、少し機嫌を損ねた様子です。吉田さんはなぜかきゃぴっと飛び跳ねます。

「加藤さんはどうなの?」

「なんかあんまり想像つかないですっ」

 二人の目線が私の顔に注がれました。こんなに顔をまじまじと見られたのはいつぶりでしょうか。

クラス替えをして、早半年。二人は色々とお話をしてくれました。けれどなぜか、彼氏の有無や恋愛の話はご法度になっているような雰囲気があったのです。二人とも、恋愛になんて興味のなさそうな外見をしているし、クラスの誰それが格好良いなんて、そんな話も聞いたことがなかったからです。二人の恋愛話や理想の男性像の話を聞いていなかった私もつまり、二人に自分の恋愛観というものを話したことが無いのです。

「いたこと、ありません」

「欲しくないんですかっ」

 吉田さんの柔らかなツインテールがふわりと揺れました。

夏休みよりは随分マシだけれど、まだまだ暑い日が続いています。クーラーがない教室では、巨大な扇風機で暑さを凌いでいるのです。少しの休み時間があれば窓を開けて空気を循環させて、濁った空気を外に出します。海の近い教室ですから、窓から吹いてくる浜風なのか、教室はいつも、少ししょっぱい匂いがします。

「もちろん、欲しいです」

 そうです。もちろん、欲しいのです。こんなにも切実に、彼氏を欲しがっている女生徒は、この世に私しかいないのではないでしょうか。この心の内にくすぶり続けている淡い炎を怒り狂わせたくなるくらいには、私は彼氏が欲しいのです。

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