第八十四夜(さくらの日)

「満開ね。晴れてよかった。絶好のお花見日和」

「ここ数日、悪天候が続きましたからね。散らなくてようございました」

「にしても、やっぱ人が多いのね。とても立ち止まって眺めてられない」

「ですから事前に場所をおさえるか、人の少ない穴場を探してまいりますと申し上げたんです。なのにお嬢様がどうしてもここがいいとおっしゃるから」

「いいじゃない。この公園、夜になると夜桜がライトアップされてとてもきれいなんですって。でもあんまり人が集まるから、その周辺はレジャーシート禁止らしいわ。だからこうして歩きながら、ライトアップまで待とうかしらって思って」

「はあ。もしかしてわたくしに私服でついてこいとおっしゃったのは、夜までぼっちで過ごしたくないとかそんな理由ですか」

「悪かったわね。惨めな想いでお花見なんてしたくないでしょ。あんただっていないよりマシよ、マシ」

「はいはい、光栄でございます」

「一応デート中のカップル装ってるんだから、少しはそれっぽくしなさいよね。さ、手を繋いで」

「……え、わたくしとですか?」

「当たり前でしょ。それとも腕を組むほうがいい?」

「手でお願いいたします」

「その口調も気をつけなさいよ。どう聞いても彼女に対する話し方じゃないわ」

「これはもはや癖ですので……」

「お嬢様呼びも今日は禁止よ。わたしもできるだけ名前で呼ぶから。いいでしょ、じ──」

「ご覧ください、あちらに見事なひこうき雲が」

「ごまかすな。あと手離さないで。はぐれちゃうじゃない。わたしが迷子になったらどうするの」

「……はい」

「桜もきれいだけど、こうしてにぎやかな場所に来るのも楽しいわよね。普段なかなか来ないし」

「そうですね……」

「あ、屋台も出てる。まだ時間あるし、少しよってもいいでしょ?」

「かまいませんが……」

「屋台のご飯ってあんまり食べたことないのよね。たこ焼きもおいしそうだし、焼きそばもいいなぁ。あ、クレープも。意外に外国の料理みたいなのも多いのね。キッチンカーも来てるし、本格的な料理もいっぱいあるわ。ねえ、どれがいい?」

「わたくしはどれでも……。あなたのお好きなものをお選びください」

「デート中よ」

「……では自分はホットドッグで」

「じゃあわたしは同じ店のピザにしよっと。注文してくるから、あんたは飲み物買ってきてね。わたしオレンジジュース」

「わかりました。いってまいります」

「ふふっ」

「……なんですか」

「ううん。なんか本当にデートしてるみたいでおかしな気分になっただけ」

「からかわないでください。あといい加減に手をお離しください。ジュースを買いにいけません」

「わかったわよ。ったく。……手くらいで緊張しすぎだっつーの」

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