第八十一夜(冬の恋人の日)

「今年こそ彼氏をつくりたい!」

「……左様でございますか。頑張ってくださいませ」

「いかにも無理って空気出すのやめて! 今年は本気の本気なんだから」

「バレンタインを過ぎたあたりで毎年同じ話をされますので。もはやお嬢様の趣味なのかと」

「そんな悲しい趣味があってたまるもんですか。絶対に年内に素敵な彼氏を見つけて、来年のバレンタインはとびっきりロマンチックに過ごしてやるんだから」

「ロマンチックでございますか。それはきっと素晴らしいものでしょうねぇ」

「バカにしないでよね。世の中の女性の憧れじゃないの。理解できないなんて可哀想だわ」

「はいはい、そうでございますね」

「やっぱり真冬のデートにイルミネーションは外せないわよね。煌めく光の海。幻想的な月明かり。非日常感に包まれた小道を歩きながら、お互いの息も白く染まる。繋いだ手から伝わるぬくもりが、お互いの心も温めていくの……」

「風が冷たくなってまいりましたね。ストールをどうぞ」

「ディナーは夜景がきれいなレストランを予約して、ふたりでとっておきのシャンパンを傾けながら過ごすのよ。わたしはお酒に詳しくないから、相手の好みに合わせるわ」

「紅茶も淹れ直しますね。たまにはジャムを入れて味を変えてみませんか? いつもと違う味だと特別感も出るでしょう。アプリコットより苺のほうがお嬢様の好みかと思いますよ」

「もちろんデザートは一流のパティシエが用意したチョコレート。ああ、でもやっぱり手づくりのほうが彼は喜んでくれるかしら」

「スイーツがまだでしたね。ザッハトルテをご用意してありますので、少々お待ちを」

「そして最後には、彼からのサプライズが待っていたりして……」

「お嬢様のお好きな花がそろそろ見頃だそうですよ。お部屋に飾っておきましたので、あとでご確認くださいませ」

「…………」

「お嬢様、いかがなされました?」

「わたしの理想が高いってあんたは言うけど、それって全部あんたのせいじゃない」

「よくわかりませんが、とんだ言いがかりでございますね」

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