第八十夜(夫婦円満の日)

「この前ママにね、歳を重ねても仲のいい夫婦でいる秘訣を聞いたの」

「気になりますね。奥様と旦那様はおしどり夫婦でございますから」

「ママってば、「毎秒パパに恋してるからよ」なんて答えるのよ。大学生の娘がいる身にもなって、よく恥ずかしくもないわよね」

「だからこそおふたりは夫婦円満なのでしょう。よいことではありませんか」

「まあね。その結果としてわたしが生まれてるわけだし。わたしにも見つかるのかなぁ。ママみたいに、生涯ずっと恋をできるような相手」

「ご心配なさらずとも、夫婦の形はそれぞれでございますから。旦那様方がとても素晴らしいご夫婦なのはわたくしも存じておりますが、あれがすべてではございません。現にわたくしの両親はケンカばかりですが、それなりにうまくやっておりますよ」

「わかってるわよ。でも、パパとママみたいな関係が理想なの!」

「理想を追うのは結構ですが、現実はそう簡単にまいりませんよ」

「なによ、意地悪ね」

「夢見がちなお嬢様を正しく導くのも、わたくしの仕事のひとつと思っておりますので」

「あんたは結婚しても、そうやって奥さんをたしなめてばっかなんでしょ。家事とかもいちいち口出ししてきそう。あげくに自分がやったほうが効率がいいって、家の中のこと全部引き受けちゃったりしてね」

「それは……まあ、職業柄」

「そういうのって、相手によっては相当プライドを傷つけるわよねぇ。気をつけないとダメよ」

「はあ……」

「でもあんたの結婚相手が家事が不得手で、甘えるのが好きってタイプなら問題ないのかしら」

「……そうかもしれませんね」

「あんたって昔から世話焼きだったし、頼られるとノーって言えない性質たちでしょ? それが好きになった相手なら尚さらなんじゃないの」

「ええ、まあ……」

「じゃああんたは頑張って、自分に全力で甘えてくれそうな人を見つけるのね。でもただ甘えてくるだけじゃダメよ。あんたのこともたまには甘やかしてくれる人じゃないと」

「そう、ですね」

「ねえ、お茶淹れて。あれがいいな。ばあやが買ってきた日本茶」

「……かしこまりました」

「あ、この和菓子おいしい。あんた、洋菓子以外もつくれるのね。褒めてあげてもいいわよ」

「ありがとうございます……」

「どうかした? おかしな顔してるけど」

「いえ……。今一度、自分の立場をわきまえようとしているだけでございますので、お気になさらず」

「意味わかんない……」

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