第七十九夜(バレンタイン)

「ねえ、知ってた? バレンタインの贈りものって、それぞれ意味があるんですって」

「おや、そうなのですか」

「キャンディーやキャラメルは口の中に長く残るから、あなたと長く一緒にいたいとか、あなたといると安心する。マカロンやカップケーキには、あなたは特別な人。クッキーはお友だちのままでいよう、とか。定番のチョコレート自体には深い意味はない、とも言われてるらしいわ」

「色々ございますね」

「マイナスな意味合いとしては、マシュマロやグミね。マシュマロはすぐに消えてなくなるし、グミは簡単に手に入るうえに安価だから」

「なるほど。言われてみればその通りかもしれません」

「これまでなにげなく用意してたけど、実はとんでもない意味が隠れてたりしたら怖いわ」

「知らない間に愛の告白をしていたり、もしくは振ってしまったりしていたかもしれませんね。そう考えると確かに恐ろしいです」

「わたしならマカロンかカップケーキ……バウムクーヘンもいいわね。年を重ねてもずっと一緒にいましょうね、って意味があるの」

「素敵な告白のプレゼントでございますね」

「あんたならなにをプレゼントする? 本命の女の子を相手にするとしたら」

「わたくしでございますか?」

「あんたって昔からバレンタインはもらうばかりだったでしょ? でも今は日本でも、男性から女性に渡すパターンも増えてるらしいし、考えといた方がいいんじゃないの」

「今のお話を聞いたあとで答えるには、少々プレッシャーが大きすぎませんか」

「とりあえずお菓子の意味は置いといて、純粋にプレゼントするならどう?」

「なら、わたくしは……マロングラッセでしょうか」

「マロングラッセ?」

「フランス発祥の栗の砂糖漬けのお菓子でございますよ。数日かけてじっくり甘みを漬け込む間、恋い慕う誰かのことをずっと考えていられます」

「……あんたにしてはロマンチックなこと言うじゃない」

「わたくしは生来のロマンチストでございますよ。ご存知なかったのですか?」

「よく言うわ。……ところでこのケーキも栗が入ってるのね。ブランデーの香りもして、なかなかおいしい」

「気に入っていただけて嬉しゅうございます」

「そういえばマロングラッセにも、なんか特別な意味があった気がするんだけど……。ど忘れしちゃった。なんだか知ってる?」

「……いえ、残念ながら。ですがお嬢様。世の中には知らない方が幸せなこともございます。心に秘めておくべき感情も」

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