第七十八夜(笑顔の日)

「ねえ、ちょっとこっち見て笑ってみなさいよ」

「……なんですか、藪から棒に」

「いいから、ほら」

「…………」

「うわ、こっわ」

「いきなり面白くもないのに笑えと言われても、すぐに従えませんよ」

「ほんとにそういうとこ可愛げがないわよね、あんた」

「で、今のは一体どのような企みです?」

「人聞きの悪い言い方しないで。ただ思い返すと、あんたの笑顔をあんまり見たことがないなって気づいたのよ」

「そうですか? わりとお嬢様には笑わされているかと思いますが」

「それはバカにしたりあきれたりしてる時でしょ。そうじゃなくて、心から楽しそうな笑顔よ」

「はあ。そんなに仏頂面をしているつもりもなかったのですが……」

「仏頂面っていうか、固いのよね。あんたの頭と一緒。ガチガチの石頭で面白みがない」

「お嬢様、わたくしが傷つかないとでも?」

「外面はいいんだから、わたしの前でだってもっと柔らかい表情もできるはずでしょ。ほら、やってみて」

「遠慮いたします。お嬢様をこれ以上怯えさせたくないので」

「なに拗ねてんのよ。今さらじゃないの。ほら早く、笑って」

「……ふっ」

「んー……不気味」

「そろそろ怒りますよ?」

「おかしいわね。素材は悪くないし、わたし以外の前だとわりとニコニコ笑ってるくせに」

「お嬢様の前は特別でございますので」

「そんな特別もらっても嬉しくないわよ。どうせ一緒に過ごすなら、にこやかに笑ってる執事とがいいに決まってるじゃない」

「……努力いたします」

「あんたのおじいさんも真面目だったけど、あんたほど無愛想な人じゃなかったはずよ。むしろ、いつも穏やかに微笑んでわたしを見守ってくれたわ」

「祖父にとってお嬢様は、いつまでも幼い子どものままだっただけですよ」

「あら、自分は違うとでも言いたげね。あんたの方が口に出してわたしを子ども扱いするくせに」

「そのようなつもりは……」

「まあ、いいわ。家にいる間くらい、昔のあんたを懐かしみたいって思っただけ。子どもの頃はだって……」

「はい」

「……たいして変わってないのね。昔からわたしをバカにして笑い者にして」

「とんだ被害妄想でございますね」

「あー! ほら、またその笑い方! いい加減わたしをこけにするのやめなさいよね」

「はいはい」

「すぐそうやって流すんだから! もういいわよ。お茶の準備して」

「かしこまりました」

「部屋にいるから運んできてね」

「……ったく、こっちの気も知らないで」

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