☆第七十六夜(ケーキの日)
「お嬢、またケーキ食ってんの?」
「またってなによ。いいでしょ、別に。わたしがいつなにを食べようと、わたしの勝手だし」
「おまえのせいで仕事増やされてるシェフたちの身にもなれよ。神崎さんぼやいてたぜ。お嬢様はスイーツばかり召し上がって食事をあまり取らないから、栄養のバランスを考えるのがたいへんだって」
「う……」
「スイーツは専門外だから、つくるのも結構苦労してるって話だし」
「べ、別に神崎が一人でつくる必要なんてないのに」
「ここパティシエいねえじゃん」
「……お菓子食べるくらいしか楽しみがないんだもん」
「はあ?」
「だってそうでしょ? 家にはパパもママもほとんどいないし、学校から帰ったら勉強や習い事で自分の時間なんて全然取れないし。話相手と言えば、あんた一人くらいだし。あんただって離れにいっちゃえば、本当にひとりぼっちでつまんない」
「お嬢……」
「一人でいる時くらいいいじゃない。好きなものを食べてる時は、寂しいのだって忘れられるの。そりゃ神崎にはいつも迷惑かけてるとは思ってるけど、自分じゃどうにもできないんだもん」
「……あっそ。まあ、俺には関係ないや」
「そこは俺が傍にいてやるよって言うところじゃないの?」
「やだよ。俺だって忙しいし、ずっとお嬢の面倒見れるわけじゃないし」
「ほんっとに冷たいやつ」
「そんなこと言うと、これやらねえぞ」
「……なに、それ」
「シフォンケーキ。好きだろ?」
「あんたがつくったの?」
「どこぞかのわがままお嬢様のおかげで、優秀なシェフがぶっ倒れたら困るからな。俺だって神崎さんのつくる料理好きだし。今日のスイーツはこれで終わりにしとけ」
「な、なんであんたに命令されなきゃいけないのよ」
「お嬢のためだからだよ。ずっと傍にはいてやれないけど、こうしてたまにお茶くらいは付き合ってやるし、ケーキも俺が用意してやる。その代わり、毎日のようにスイーツ暴食するのはやめろ。一日一個」
「……偉そうに」
「じゃあケーキはなしってことで」
「いるいる! 食べます!」
「なんて言えばいいと思う?」
「……ありがたくいただきます」
「よろしい。食え」
「明日はシュークリームがいいな」
「今日のスイーツは抹茶の生シフォンケーキでございます」
「ありがとう。……ふふっ」
「いかがなされました?」
「ちょっと思い出しちゃったのよ。あんたがはじめてわたしにつくってくれた、少ししぼんだシフォンケーキ」
「はじめてつくったのですから、多少いびつなのはお許しいただきたいですね」
「わかってるわよ。でもおいしかったわ、あのシフォンケーキ。今でもちゃんと覚えてる」
「お恥ずかしいです。あの頃に比べたら、だいぶ腕を上げたと自負しているのですが」
「そりゃそうね。この生シフォンも最高」
「ありがたいお言葉です」
「明日は苺のシュークリームがいいな」
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