☆第七十一夜(はじまりの日)
「な……なんなの、その格好は」
「本日よりお嬢様の執事として正式にお仕えすることになりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「はあ? なんであんたがわたしの執事になるのよ。ここ数週間ちっとも姿を見ないと思ったら、なんの冗談?」
「祖父が引退するにあたり、後継に指名されました。おかげでしばらくの間、缶詰めにされてスパルタ教育です」
「なにその喋り方。超絶キモいんだけど」
「執事ですから。言葉遣い、マナー、立ち居振る舞い、護身術、語学力に一般教養、それに執事たるものの心構え。すべて祖父に叩き込まれました」
「別人みたい。違和感しかないわ」
「お嬢様にも慣れていただかないとなりません。今後、わたくしはお嬢様の一番お傍に侍ることになりますから」
「いやだ、寒気しそう」
「温かいものでもお持ちいたしましょうか?」
「いえ、結構よ。ていうか、これまでも散々あんたのおじいさんがあとを継げって言っても、絶対やだって断ってたじゃない。どういう風の吹きまわしよ」
「祖父はわたくしを海外の養成機関に入れたかったんですよ。自分が色々苦労しましたからね。でもわたくしは、日本を離れるつもりはございませんでしたから」
「内定は? うちの子会社に就職するって言ってたじゃない」
「辞退させていただきました。旦那様の期待を裏切る真似をして、申し訳なかったのですが……」
「あんたバカでしょ。今は子会社って言ったって、パパはいずれ本社に引き抜くつもりだったはずなのに。それを棒に振って、ずっと嫌がってた小娘の子守りなんて」
「まあ、お嬢様のわがままへの付き合いなら、わたくしは祖父の次に慣れておりますから。この屋敷のことも熟知しておりますし、誰よりお嬢様のことも理解しているつもりです」
「それは……否定しないけど。でもやっぱダメよ。この前面接した執事に決めるって、パパにも言っちゃったし」
「もちろん旦那様と奥様にも、わたくしがお嬢様にお仕えすることの承認をいただきました。大旦那様方にもお伝えしてありますが、近々正式にご挨拶に伺う予定でございます」
「勝手になにしてくれてんのよ。知らぬはわたしだけってわけ? きれいに外堀を埋めてくれるじゃない」
「お嬢様が反対されることは予想の範ちゅうでございましたから。祖父から当日まで黙っておくようにと申しつけられていました」
「そこまでしてわたしの執事になりたかったの? どう見てもそんな熱意のあるやつとは思えないけど」
「……自分の気持ちは偽れませんので」
「なによ、自分の気持ちって」
「それは……内緒でございます」
「は? 執事の分際で生意気。わたしに仕えるって言うなら、隠しごとなんて許さないわよ」
「ずいぶんと横暴な主人でございますね。先が思いやられます」
「それはこっちのセリフよ! はあ、やっぱ無理。あんたなんかを傍におけない。チェンジよ、チェンジ!」
「今さらチェンジはできません。お嬢様も観念なさって、どうぞわたくしにお世話されてください」
「ふざけないで! 誰があんたの世話なんか……」
「ケーキと紅茶はいかがですか」
「食べる。あ、この紅茶わたしのお気に入りの銘柄ね」
「……やはりこの役の一番の適任は、わたくしのようですよ」
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