第七十夜(七五三)

「お嬢様、アルバムなんて出されていかがなさいました?」

「さっきばあやと七五三の話をしてたら、なんか懐かしくなっちゃって。ほら、七歳の時のよ」

「たいへんお可愛らしいですね。それに立派な着物でございます」

「おじい様が張りきっちゃって、とんでもなく高い着物を仕立てちゃったのよ。おばあ様に怒られてたわ。自分が仕立てたドレスが霞むって。ほら、このピンクのドレス」

「なんともお二方らしい理由でございますね」

「この頃はまだあんたとも出会う前だったわね。どう? この時に会っていれば、あんたも少しはわたしに対する印象が変わったんじゃないの?」

「それはどうでしょうか。三つ子の魂百までと申しますから、お嬢様はこの頃からちんちくりんなアホっぽいガキだったかと思いますが」

「そうね。あんたの口の悪さも変わらないものね」

「おや、こちらの写真では拗ねていらっしゃるようですが、どうされたのです?」

「ああ。従姉妹たちが来てくれたのに、着付けとメイクが崩れるからって、わたし一人だけ遊ぶことができなくてね。食事もそう。口紅が落ちちゃうから自由に食べさせてくれなくて、せっかくのごちそうを前におあずけ状態。それで、自分が主役のはずなのに全然楽しくない! って拗ねてたの」

「やはりお嬢様は、この頃からお嬢様でございますね」

「あんまりにもわたしが不機嫌になっちゃったから、見かねたおばあ様が口紅を取ってくれてね。髪飾りも少し外して、ほんの少しなら遊んでいいって許してくださって。従姉妹たちとごちそうとケーキを食べてたっぷり遊んだら、すっかり機嫌も直っちゃったわ。ほら、この写真よ」

「せっかくの着物が泥まみれに……」

「ちょっとはしゃぎすぎたみたいね」

「ちょっと?」

「だって子どもよ? 少しのおてんばはご愛嬌ってもんだわ」

「大奥様の表情をご覧ください。こんなに引きつって……」

「ちゃんとした写真は撮ったあとだから大丈夫よ」

「そういう問題でしょうか……」

「そういえば、あんたの子どもの頃の写真ってあんま見たことないわね。うちに来た時にはもう中学生だったし」

「わたくしの両親は写真をアルバムに保存するようなタイプではございませんでしたから……。携帯のカメラで撮って、気が向いたら現像する程度で」

「でも七五三のくらいはちゃんとあるでしょ? 男の子は確か三歳と五歳の時にお祝いするのよね」

「やったとは思いますが、あまりはっきりとは覚えてなくて……。五歳の時に袴を着たとは聞いていますが」

「あんたが五歳ってことは、わたしはまだ二歳ね。あ、でもうちは数え年でお祝いするから……やっぱりそうだわ。二歳の時にお祝いしてる」

「わたくしの家はそこはあまりこだわらなかったので、おそらく満年齢で……」

「ん? わたしの隣にいる子、誰かしら。この子も七五三? 袴着てるけど」

「…………」

「おかしいわね。こんな子、親戚にはいなかったと思うけど。でもこんなふうに撮ってるってことは、うちと関わりのある子のはずよね。んー、確かにどこかで見たような」

「お嬢様、それは……」

「まあ、いいわ。大方、パパの知り合いの息子さんと一緒に撮ったってところでしょ。それより見てよ、これ。二歳でこんなにはっきりした顔立ちの美人なんて、将来有望よね。あっ、これわたしだったわ」

「ははは……。やはりお嬢様は今も昔も、たいして中身は変わっていませんよ」

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