第六十九夜(鍋の日)

「もうお鍋の季節なのねぇ」

「ずいぶん寒くなってまいりましたからね」

「確かにこんなに冷え込む日は、わたしも熱いお鍋であったまりたいわ。って言っても、お鍋なんてもう長いこと食べてないけど」

「鍋料理は大勢でテーブルを囲むのが主流ですからね。わたくしもこの屋敷に来てからはあまり食べる機会がありませんでした」

「でしょう? わたしが小さかった頃は、おじい様たちが来るとたまに食べたのよね。懐かしいわ。おじい様が好きだった、和風出汁のお鍋。優しい甘みのある出汁でね、すごくおいしかったのよ」

「わたくしが来て間もない頃、一度いただいたことがあります。野菜嫌いなお嬢様が、積極的に野菜を召し上がっているのを見て驚いたものです」

「不思議よね。お鍋に入ってあの出汁で味つけされていると、苦手なものでもぱくぱく食べられちゃうの」

「シメのうどんをわたくしと取り合いましたね」

「そうそう。いつもそんなわがまま言わないあんたが珍しく譲らないから、なんとなくわたしも意地になっちゃったのよね」

「最後にはわたくしが祖父からゲンコツを食らっておさまりましたが」

「でも結局、うどんはわたしとあんたで半分こにしたんじゃなかった?」

「はい。一人じゃやっぱり食べきれないとおっしゃっていましたが、おそらくは……」

「そんな細かいことは忘れちゃったわ。でもずいぶん昔のことよね。またあんなふうにみんなで食事ができたらいいのに」

「旦那様と奥様に、たまにはディナーを一緒にと声をかけてはいかがです?」

「そうしたいけど……。ううん、やっぱやめとく。今二人ともすごく忙しいはずだし。もうしばらくして落ち着けば、また前みたいに三人で食事ができるもの。それまでもうちょっとの我慢よ」

「お嬢様も大人になられましたね……」

「なに当たり前のこと言ってるのよ。わたしはとっくに大人よ」

「中身も成長されたという意味です。数年前までのお嬢様なら、ご両親にわがままをおっしゃってお二人を困らせたでしょうから」

「そんなことないわよ。ここ数年、パパたちにはわがままなんてほとんど言ってないもの」

「左様でございますか」

「あんたが変わりにわがまま聞いてくれるようになったし」

「それは……成長と言ってよろしいのでしょうか?」

「だってあんたは、わたしのわがままを聞くために傍にいてくれるんでしょ?」

「まあ、間違いではございませんが……。そうはっきりおっしゃられてしまうと、なんだか悔しいですね」

「いいじゃない。それじゃさっそく、今日のわがまま聞いてくれる?」

「はい、お嬢様。なんなりと」

「今日のディナーはお鍋にして。屋敷にいるみんなで一緒に食べましょう。拒否権はなし。言っとくけど、シメのうどんはわたしのよ」

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