第六十六夜(スポーツの日)
「お嬢様、たまには運動でもなされたらいかがですか」
「えー、なんで急に」
「お嬢様とは長い付き合いのあるわたくしですが、お嬢様がスポーツに打ち込まれる姿を見たことが一度もないので」
「だって好きじゃないんだもの。それにわたしに合わないでしょ? 汗まみれの泥まみれになって駆けずりまわるなんて」
「なにもそこまでしろとは申しておりませんが……。お嬢様がされる運動といえば、食後のヨガくらいのものですから。もう少し身体を動かすべきかと思いますよ。いくら食事制限されても、不健康な痩せ方になりますからね」
「ほんっとやなこと言うわよね、あんた」
「わたくしはお嬢様のお身体を案じているだけです。執事として当然のことでございます」
「あんただって別に運動なんかしてないじゃん」
「わたくしは肉体労働みたいなものですから」
「悪かったわね、日頃こき使ってて」
「お嬢様なら大抵のスポーツは少々かじっていらっしゃるでしょう。どれも長続きしないだけで」
「つまんないのよ。身体がへとへとになるだけで、特別いいことなんてなにもないし」
「健康的でよろしいじゃありませんか」
「わたしはスポーツなんてしなくても健康そのものよ。おじい様やおばあ様だって、特になにもしていなかったけど、とてもお元気よ」
「あのお二人のご趣味はなんですか?」
「え? 確か、庭の散策?」
「はい。大奥様のご希望で無駄に広く用意されたあの庭園を、一日に数周はまわります。それだけで足腰は十分に鍛えられるでしょう。その上、大旦那様は付き合いでゴルフを嗜まれていらっしゃいますし、大奥様は日本舞踊をされています。お二人が年齢以上にお若く元気なのは、お嬢様がお気づきにならなかった努力があるからでございますよ」
「う……」
「ちなみに旦那様は最近、メタボ対策にジョギングをはじめておられますよ。奥様のスポーツ好きはお嬢様もご存知でしょうし。つまりお嬢様だけです。この家でなんのスポーツもされていらっしゃらないのは」
「わ、わたしだってそのうち……」
「思い立ったが吉日、でございますよ。今はスポーツの秋ですし、暑さも和らぎましたから、はじめられるにはちょうどいい気候です」
「でもいきなり運動なんて、なにすればいいかちっともわかんない」
「でしたらお嬢様も大旦那様方と同じく、庭の散策からはじめたらいかがでしょうか。今は金木犀がまだ咲いておりますし、コスモスも見頃でございますよ」
「そうね……。じゃあそうするわ」
「では恐れながら、わたくしがエスコートさせていただきましょう。お手をどうぞ、お嬢様」
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