第十六夜(お見合い記念日)

「…………」

「お嬢様、いかがなされましたか? いつもならティータイムのお時間ですが。そのように憂いの表情を浮かべるとは、誠にらしくございませんね」

「……はあ」

「お悩みごとがあるようで。よろしければ、お嬢様の忠実なる執事であるわたくしが、お話をうかがいましょう」

「…………」

「さあ、まずは紅茶をお飲みください。クッキーもご用意いたしましたので、甘味で落ち着いてから話しましょう」

「……うん」

「かなり深刻なお悩みのようでございますね。そういうものは人に話すだけでもだいぶ楽になります。ご安心くださいませ、わたくしはいつでもお嬢様の味方でございます」

「本当?」

「はい、もちろんでございます」

「もしわたしが結婚しちゃっても?」

「ええ、お嬢様がご結婚されて……も?」

「おじい様が、そろそろ見合いをしろって言うのよ。若くて有能な人に目星はつけてあるから、来月あたり会ってみないかって」

「……左様で……」

「もちろんおじい様にもはっきり断ったんだけどね。わたし、結婚は好きな人としたいから──って、紅茶! 溢れてるじゃない!」

「はっ、失礼しました。ついぼんやりと……」

「あんたまでらしくない……」

「お嬢様、紅茶はかかっていませんでしたか?」

「ええ、大丈夫よ」

「たいへん申し訳ございません……」

「大丈夫だってば。しおらしくしないでよ、また深刻な気分になるじゃないの」

「は……」

「とにかく、おじい様にはもう一度話してみるわ。納得してくれるかは別として、このままじゃ押し切られちゃうもの」

「お嬢様……」

「おじい様だって鬼じゃないわ。話をすれば絶対にわかってくれるはずよ」

「それはそうですが」

「今時お見合いだけで伴侶を決めるなんて、おじい様も古すぎるのよ。今は自由恋愛の時代よ。わたしだって生涯のパートナーを選ぶ目くらいあるわ」

「…………」

「なによ、そのいかにも信用ならないって顔は」

「気のせいでございます」

「わかってるわよ、どうせ合コンでろくでもない男に引っかかってばっかのわたしじゃ、無理に決まってるって思ってるんでしょ」

「また引っかかってたんですか」

「……とにかく。おじい様に連絡して、見合いの話はなかったことにしてもらうわ」

「ちなみにお嬢様、大旦那様との約束はいつだったのですか?」

「来月の第二土曜日だったかしら」

「おや、おかしいですね。その日はわたくしも大旦那様に呼ばれているのですが」

「あんたも?」

「ええ。大事な用があるから、必ず来いと。来なきゃ一生後悔すると脅されまして」

「嫌だわ、おじい様ったら。自分でそう言っといて、あんたとの約束忘れてるのね」

「さして重要でもなかったということでしょう。どうせ将棋に付き合えとかその類いでございます」

「そんなところかしらね。まあ、ついでだからその話も思い出させてあげましょうか」

「それがよいかと」

「まったくおじい様ってば、まだボケる歳でもないでしょうに」

「ははは、まさかお嬢様の見合い相手がわたくしというわけがありませんからね」

「やあね、そんなわけないでしょ。それじゃ、おじい様に連絡してくるわ」

「かしこまりました。……まさか、だよなぁ」

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