☆第十三夜(初恋の日)

「どうしたの? なんで泣いてるの?」

「ないてないよ。ママがゆってた。レディーはひとまえで、かんたんになみだをみせちゃ、ダメなのよって」

「でもほっぺた濡れてるよ。それに、膝すりむいてる」

「ころんでないたんじゃないもん。すぐにばあやがくるから、へーきだよ」

「ダメだよ。傷口はちゃんときれいにしとかないと。おいで、蛇口で洗おう」

「……しらないひとに、ついてっちゃダメなの」

「すぐそこだから大丈夫。公園の入口も見えるから、ばあやさんが来てもわかるよ。立てる?」

「うん」

「ちょっと冷たいけどガマンしてね。痛くない?」

「へーき」

「よかった」

「……ねえ、おにいちゃま」

「おにいちゃま?」

「おにいちゃまは、どこからきたの?」

「ちょっと離れたところ。じいちゃんがこの近くのお屋敷で働いてるから、荷物を届けに来たんだ」

「ふうん」

「ほら、きれいになった。絆創膏貼っとくけど、おうちに帰ったらちゃんと消毒もしてもらうんだよ」

「わかった」

「跡が残らないといいね。女の子なんだから、大事にしないと」

「おにいちゃまって」

「ん?」

「しちゅじみたい」

「執事? 俺が?」

「うん。みなしぇと、おんなじこというんだもん。みなしぇは、わたしのしちゅじなの」

「へぇ……」

「おにいちゃまも、おおきくなったら、わたしのしちゅじにしてあげる」

「……もしかして、きみさ」

「しちゅじがいやなら、おむこさんでもいいよ。ずっと、ずぅーっと、わたしのとなりにいるの!」

「へ?」

「あっ、ばあやだ。ばあや──!」


「──っていうことが、昔あったのよね」

「はあ、そうでしたか」

「あのおにいちゃま、結局名前も聞きそびれてしまったけど、とっても優しくて紳士的だったわ。どこかのエセ執事とは大違い」

「はて、誰のことでしょう」

「結局、あんたのおじいちゃんが辞めたあとは、孫のあんたが引き継いじゃったわけだけど。あーぁ、おにいちゃまが来てくれれば、即執事の交換するのに」

「ただ優しいだけの男に、お嬢様の執事はつとまりませんよ」

「それでも、嫌味ばっかの誰かさんよりましよ」

「どうですかねぇ」

「今思うと、あれがわたしの初恋だったのよね。逆プロポーズなんて、可愛いことしちゃったわ。はあ、また会いに来てくれないかしら」

「…………」

「あんた、さっきからなんなの、その顔。言いたいことあるなら言いなさいよ。どうせ、いつまで夢をご覧になっているんですかお嬢様ってところでしょ」

「んんっ。……いえ、お気になさらずに。理性を総動員させているだけでございますので」

「意味わかんない……。シャワーいってくるから、その間にその緩んだ顔どうにかしときなさいよ」

「かしこまりました。……まさか、あの時の半べそのガキが、ねえ」

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