第十二夜(テディベアの日)
「あっ」
「なんですか、お嬢様。そのいかにもやってしまったと言いたげな「あっ」は」
「なんでもない」
「さすがにごまかせませんよ。正直に申し上げてくだされば、及ばずながらわたくしがお助けいたします」
「……これ」
「おや、幼少期からのお嬢様の親友ミスター・ベアではございませんか。一体彼が……ああ」
「腕を引っ張ったら破れちゃったの」
「それは、まあ、なんとも……不運な事故と申しますか……」
「わかってるわよ、わたしがろくに手入れもせずに放っておいたからでしょ」
「いえ、お嬢様の執事であるわたくしも、ミスター・ベアの健康管理を怠っておりました。痛恨のミスでございます。ミスター・ベアに心より謝罪と見舞いを申し上げます」
「……あんた、さっきからなんなの、そのしゃべり方」
「幼い頃、お嬢様はミスター・ベアを一人の紳士として扱えとよくおっしゃっていたので」
「何年前の話よ!」
「それよりお嬢様、ミスター・ベアの容態が心配です。早急に手術の必要があるのでは?」
「もちろんだけど」
「ご安心を。こんなこともあろうかと、わたくしは常にソーイングセットを持ち歩いております」
「なんでよ」
「執事の嗜みでございます」
「ま、なんでもいいわ。だったら早くミスターを治療してあげて。わたしはお茶でも飲んで待ってるから」
「…………」
「なによ?」
「そこで自分がやると言わないのが、お嬢様の悪いところでございますよ。ミスター・ベアだってそれを望んでいるはずです」
「だってあんたが縫った方が絶対キレイじゃない」
「それは認めますが、ケガの一番の原因であるお嬢様がなにもなさらないというのは、いささかミスターに対して失礼では?」
「でも」
「ミスター・ベアはお嬢様の親友でございます。親友のことを思うならばどうか、お嬢様ご自身でお手当を」
「わかったわよ」
「それでこそミスター・ベアの親友でございます」
「で、まずどうすればいいの」
「裂けてしまった部分を縫い直せばよろしいのですよ」
「うん。だからどうするの?」
「……まず針と糸を持ちまして」
「さすがにそこからは聞いてない」
「それを聞いてホッといたしました」
「でも裁縫なんて高校生の授業以来やってないもの。すっかり忘れちゃったわ」
「そういえばお嬢様は家に持ち帰って作業するとうそぶいて、
「別に嘘をついたわけじゃないわ。ほんとに家でやるつもりだったのよ。ばあやが口うるさく手を出してきて、最終的にほとんど縫われちゃっただけ」
「そうやって多恵さんが無意識にお嬢様を甘やかすから……。はあ」
「いいから早く教えなさいよ!」
「はいはい。じゃあ最初に針穴に糸を通して……」
「入んない」
「入れるのでございます」
「入らないものは入らないの! どうしてこの穴はこんなにちっちゃいのかしら。もっと大きく設計すればいいのに」
「これでも十分大きい方でございますが。ほら、糸の先端を斜めに切ってみましたから、先ほどよりは通しやすいですよ」
「あ、入った」
「さすがお嬢様。完璧な糸通しでございます」
「そりゃわたしがやるんだから当然でしょうね。さ、次は?」
「糸の終わりに玉結びを……そうでございます。そうして、その結び目がミスターの表面に出ないように内側から針を入れてくださいませ」
「こ、こう?」
「ええ、その調子です。それで、裂けた部分にはしごをかけるように左右に縫っていくのですよ。布をしっかり引き合わせて」
「布を……こんな感じ?」
「たいへんお上手でいらっしゃいます。では最後に玉止めを」
「じゃあ糸切って」
「切りません。針に糸をからめて結び目をつくります」
「なんで? 切っちゃえば普通に結べるし、その方が楽じゃん」
「ですから……いえ、やはり仕上げはわたくしがやります」
「あんただって結局わたしに一番甘いじゃないの」
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