第十一夜(メガネの日)
「あれ?」
「いかがされましたか、お嬢様」
「あんた、メガネ変えた?」
「おや、まさか気づかれるとは……。これは予備のメガネでございますよ。いつものは先ほどうっかりして、つるの部分が曲がってしまいまして」
「あんたが? 珍しいこともあるもんだわ。なにやったのよ」
「お嬢様が庭の柿を食べたいと仰せになったので、十年ぶりに木登りをしまして、少々足を滑らせたようです」
「わ、わたしのせいだって言うの?」
「いいえ、ただわたくしも、もう昔ほど動ける身体ではないと痛感いたしました」
「そりゃそうでしょうけど」
「で、お嬢様。さっきからなんなんです? そのようにじっと見られては落ち着きません」
「あ、ごめん。スクエア型メガネのあんたを見慣れてたから、なんか新鮮。いつもはもっと細いフレームだし」
「普段使いするつもりがなかったから、適当に選んだんですよ。さあ、もうよろしいでしょう。わたくしは一度厨房の確認にいかねば……あっ」
「うわ、結構度数強いのね。昔はもっと弱かった気がするけど」
「年々悪くなる一方ですよ。お返しください。あんまりのぞくとご気分を悪くされますよ」
「ちょっとくらい平気よ。ねえ、わたしにも似合う?」
「…………」
「なんか言いなさいよ!」
「いや、見えるわけが……」
「目をこらせば少しは見えるでしょ。あなたのお嬢様が感想をご所望よ」
「では失礼して──」
「ちょっ」
「ふむ、ぼやけてはおりますが、お似合いかと──いだっ!?」
「わ、わたしは目をこらせって言ったのよ! 近づいて見ろなんて言ってないわ」
「そんな無茶な」
「しかも顔近すぎ! そんな近づく意味ないでしょ」
「ですが、近づかなければ見えませんから」
「もういいわよっ。ほら、仕事あるんでしょ、さっさといきなさいよ」
「引き止めたのはお嬢様なんですがね」
「うるさい! あと、早くもとのメガネ修理しなさいよ。あっちの方が絶対あんたには似合ってんだから」
「昔も同じことをおっしゃられていましたね、お嬢様」
「覚えてないわ、そんなこと」
「わたくしはよく覚えておりますよ。あれ以来ずっと、同じデザインのメガネばかりかけてきましたからね」
「あーもう、黙って厨房でもどこでもいきなさいってば! わたしも部屋に戻るから、夕食ができたら呼びなさい」
「かしこまりました、お嬢様」
「ふん!」
「……メガネなんかなくっても、あなたの真っ赤な顔くらいは見えるんですけどね」
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