第九夜(中秋の名月)

「お嬢様、本日がなんの日かご存知でいらっしゃいますか?」

「なに、急に」

「いえ、聡明なお嬢様であれば、もちろんご存知と思います。なにせお嬢様は毎年この日を楽しみにしてらっしゃいますので」

「ええ、ちゃんとわかってるわ。今日は十五夜、中秋の名月よ」

「さすがはお嬢様、ご明察の通りで──」

「お団子食べて夜ふかししても怒られない日」

「…………」

「なによ?」

「いえ、なにも。期待したわたくしが間違いだったのでしょう」

「毎年月見の夜と言えばそれだもの。さ、今日は夕食少なめにしたし、わたしはいつでもオーケーよ。早く準備して」

「しかしお嬢様、最近確かダイエットをはじめられたとか……」

「一日くらい休憩を入れたって問題ないわよ」

「はあ。一昨日もそうおっしゃって、シフォンケーキをお召し上がりに」

「わたしが問題ないって言ったら大丈夫なの! それともなに、あんたの目にはわたしが一刻も早く痩せなきゃいけないほどの体型に見えるわけ?」

「いいえ、とんでもございません」

「ならいいじゃない。それじゃ、先にいってるから鍵貸して」

「は? どこのでございますか?」

「決まってんじゃん。離れにあるあんたの部屋の」

「……まさかと思いますが、わたくしの部屋で月見をおこなうおつもりですか?」

「もちろん。毎年そうだし、あそこが一番きれいに見えるもの」

「念のため申しておきますがお嬢様。今夜は他の使用人も暇をいただいており、離れにはわたくししかおりません」

「ああ、そうだったっけ」

「旦那様は奥様を伴って会食に出かけていらっしゃいます」

「知ってるわよ」

「本当にわかっておいでですか?」

「しつこいわねー。わかってるってば。みんないないかわりに、一番口うるさいのが残っちゃったのよね。ついてないわ」

「なにもわかってらっしゃらないようで。はぁ……」

「人の前でため息なんてつかないでくれる? せっかくの月夜が台無しになるわ」

「失礼いたしました。ただお嬢様、ひとつだけ忠告させていただきます」

「ん?」

「今後はなにがあっても、わたくし以外の男の部屋に簡単に入ったりなさらないでくださいね?」

「バカ言わないで。当たり前でしょ」

「それを聞いて心より安心いたしました」

「そんなことより、お団子に合うカクテルってあるのかしら」

「お酒を飲まれるのですか?」

「たまにはいいじゃないの。家に誰もいないわけだし。あんたも飲んでいいわよ。特別に許可するわ。一杯くらいならお酌してあげる」

「……光栄です……」

「あー、でもアルコール入るとすぐ眠くなっちゃうのよねぇ。部屋着でいっちゃおうかしら。そういえば買ったばっかのかわいいルームワンピースがあったわ。せっかくだしそれを着ようっと」

「お嬢様。恐れ入りますがあまり薄着でいらっしゃるのは──って、いねえし。……試されてんなぁ」

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