第三夜(キスの日)
「お嬢様、今日もおでかけでございますか?」
「なによ、悪い?」
「いえいえ、とんでもございません。お嬢様のこども……こほん、ファンシーな趣味を受け止め包み込んでくださる早坂くんに、わたくしも感銘を受けております」
「今子どもっぽいって言おうとしたでしょ、ねえ」
「それよりお嬢様。お召し物が少々問題かと」
「は? どこが?」
「二の腕、太もも、胸元。女性として大事な部分がすべて見えております。歳頃の女性としての自覚をお持ちくださいませ。旦那様が見たら卒倒しますよ」
「あんたがパパに黙ってれば問題ないのよ。言っとくけど、もしバラしたら今度こそクビにするからね」
「わたくしはお嬢様の忠実なるしもべ。そんなわたくしがなにゆえお嬢様の不利益になることを申しましょうか」
「わっかりやす」
「しかしながら、お嬢様の身の安全をお守りすることも、わたくしの役目。よってその格好では、お嬢様を外にお出しするわけにはまいりません」
「えー、いいじゃん。せっかくのデートだもん」
「いいえ、お嬢様。男は皆オオカミでございます。純朴そうな顔をしていても、早坂くんがいつその牙を剥き出すかわかりません」
「いいのよ、別に。ってか、それが目的だし」
「お嬢様……!」
「今日はわたしの魅力で、早坂くんをメロメロのデレデレのフニャフニャにして、大人の階段をのぼってやるんだから」
「なりません、お嬢様。ご結婚前にそのようなふしだらなまねをするなんて許されることでは──」
「今日こそは早坂くんとキスしてみせるわよ!」
「……お嬢様にまだ純粋無垢な心が残っていたようで、わたくしも安心いたしました」
「そういうわけだから、パパにはうまくごまかしてよね」
「しかしながらお嬢様」
「今度はなに」
「先ほどずいぶんと自信ありげに、なにやらおっしゃっていましたが……。お嬢様はご経験があるのですか? キスの」
「あ……あるわよ! いつまでも子どもだと思って、バカにして。キスの一度や二度くらい、余裕だっつの」
「左様でございますか。ですが念の為、おさらいをしておいた方がよろしいかと」
「なによ、おさらいって──」
「……こういうことでございますよ」
「…………」
「おやお嬢様、顔が真っ赤になっておりますよ。まるでファーストキスを奪われた女性のようです」
「……バ……バカじゃないの!? どこの世界に雇い主の娘にマジでキスする執事がいるのよ!」
「わたくしは下心があったわけではございません。それにマジではございません。ギリギリのラインを狙いましたので。もしかするとちょこっと掠ったかもしれませんが」
「ギリギリってなによギリギリって! ちょこっとどころか結構掠ったわよ。どこまでわたしを侮辱すれば気が済むの!?」
「いえいえ、わたくしはお嬢様のためを思いまして……」
「最っ低! こんなんじゃ早坂くんに合わせる顔が……ああ、でももう待ち合わせ時間……。あーっもう! あんたのせいだからね!」
「真に大人の女性とあれば、これしきのことで取り乱すまねはなさらないはずです。数秒前の出来事は、小鳥の羽に撫でられたようなものだと思ってはいかがでしょうか」
「こんな可愛げのない小鳥がいてたまるもんですか! もういいわよ。早坂くんに上書きしてもらうから! ほんとに最低なファ……」
「ん? なんですか、お嬢様」
「なんでもない! いってきます」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「ふん!」
「せいぜいキスの前に、俺の顔でも思い出してくださいよ、お嬢様」
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