第33話 策は成れり

闇夜に紛れつつ、住民の案内を受けて抜け穴を目指す。




 細い水路が何本か川に繋がっておりそれが城壁まで伸びているようだ。




 住民が水路を指さし、兵士の一人が住民と先行して水の中に入っていく。




 そして、しばらくすると兵士が戻りハンドサインを出す。結果は異常無し、後に続け。






 無言で全員が続く。今回、兵士達は金属音を減らすため、特殊な皮製の武具を着込んでおり、水中での行動が可能となっている。




 また、先に聞いた話によると、この水路は以前汚水を垂れ流しにしていたことにより疫病を発生させたことがあるようで、今は水魔法による浄化処理後に流されるようになっているらしい。


 このため、ある程度の透明性が確保されており、完全に見えないわけでは無い。




 兵たちが静かに、しかし続々と水に入っていく。


 敵に見つかるまでは魔法を使わないことになっているので、今は己の体だけが頼りだ。






 そして、俺も水の中を進んでいると、水路の中に鉄の柵が見えてくる。


 しかし、水底部分の一部が大きく陥没しており、そこを通って向こう側に行けるようになっているらしい。


 特に問題なく全員が通り抜け、城壁側の水面が見えてきたためゆっくりと浮上する。






 岸に上がる。どうやら、水路の出入り口に大きな舟が置いてあるようで、ちょうどよく隠れ蓑になっていた。






 都市の中に船、というのもおかしな話なのだが、この港湾都市は以前は大量の物資が頻繁に船で運ばれてくるような場所だったらしく、街張り巡らされた水路で円滑に港に物を運べるよう都市船というものが整備されているらしい。




 今はそのほとんどが目の前の船のように岸にロープでつながれているが、本来であれば常に流れに乗って動いていたようだ。




 このため、俺たちには好条件ともいえるように障害物が多く、見つかりづらくなっていた。






 城門側確保の部隊と分かれ、都市の中央に位置する城に向かう。


 途中敵の偵察部隊が通るものの、時に隠れ、時に排除しつつ着実に進んでいく。






 そして、ようやく城が目の前に見えた。


 さすがにここは警備の数が多いうえ、昼間のように篝火が焚かれている。






 本来ならここを見つからずに突破するのは無理だろう。


 しかし、サクラがこのために強力な催眠薬を調合していたようで、それの入った容器をフェアリスが風を読んで最適な場所に投擲したり弓で飛ばしたりしていくことでほとんどの兵を無力化することができた。






 これ以上ないほど順調に城の中を進んでいく。


 城内では風読みの精度が落ちるので、俺が聴覚を極限まで強化しつつ会敵するたびに排除していく。






 通常ではあり得ないことだが、全員がそれぞれの長所を活かすことで見つかることなく最上階までたどり着くことができた。




 レイアが扉の下をのぞき込み、魔力の光が見えないことを確かめると領主が使っていたらしい大きな謁見の間の扉を押し開けた。






 そこには毒々しい紫の髪と瞳、そして黒色の翼を持つ女が足を組んで優雅に座っていた。周りには誰もいない。




「いらっしゃい。人間の勇者さん」




「お前がクラウダか?」




「ええ。私はクラウダ、魔王軍四天王の一人よ」




「そうか。お前にはここで死んで貰う」




 そう言った瞬間、彼女は何がおかしいのか笑い出した。




「何がおかしい?」




「……だって、まさか誘い込まれたことにも気づいてないとは思っても見なかったもの。


 まあ、最初の挨拶よ。楽しんで」




 クラウダはそう言って翼を広げると、反応する間もないほどの速さで背後のステンドグラスを突き破り外に出ていった。


 途端、城の至る所で爆発が起こる。


 そして、建物全体が崩れ落ちるとともに、この空間でも天井が迫るように落ちてきた。




「くそっ!風の膜を張る。全員俺の側に集まれ!!


 フェアリスは少しずつ落下するように調整してくれ」




 足場が崩れ、間に合わなかった幾人かの兵士たちが落ちていく。


 自分に対しいら立つ気持ちを抑えながら、厚い風の膜を維持し、崩落する天井を防いでいった。






 上に折り重なっていた瓦礫を吹き飛ばすようにして外に出る。






「みんな大丈夫か?」




「はい、なんとか」




 落下していった兵士以外は全員助けられたようだ。


 しかし、完全な失態だ。すぐにクラウダを追いかける必要がある。




「俺は先行してクラウダを攻撃する。お前たちは門側の部隊と合流を図ってくれ。


 ただし、危険そうなら撤退。その場合は魔法を派手に空に打ち上げてくれれば俺も撤退するから」




「わかりました。ご武運を」




「ああ!」




 それだけ伝えると身体強化を限界までして駆けだす。


 後ろにはどうやらフェアリスがついてきているらしい。




 とりあえず、クラウダをまず見つけるため、見渡した限り最も高さがあった時計台へ登る。






 どこだ?どこにいる……いた!クラウダは正門近くの味方を弄ぶようにしながら攻撃魔法を繰り返し放っていた。




 すぐにそこに向かう。どうやら、相手もこちらの存在に気づいたようで、こちらに向き直った。




「あら、勇者さん。あまりにも遅かったから遊んじゃったわ」




 その言葉には何も返さず、最大速度で攻撃を仕掛ける。


 右手に持った剣で横向きに切り込む、相手は僅かにバックステップ、ギリギリの距離で回避される。


 外した剣の動きに体を合わせるようにして回転、肘鉄を打ち込むがこれは体を滑らせるようにして回避される。


 肘鉄で速度が増した分を乗せて左足で蹴りを放つ、棒高跳びのように弧を描いてまた回避された。




 全く当たる気配がない。宙に舞う木の葉に攻撃を叩き込んでいるようだ。




 そして、相手が俺の蹴りを跳んで避けている最中フェアリスが弓矢を放つが、体をねじる様にして体制を変えると、踏みつけるようにして地面に叩き落した。


 加えて、同時に放たれていた風魔法も首だけずらして避けられる。






「無駄よ。だって貴方たち遅すぎるもの」




 敵が背中の翼を広げた。


 攻撃に備えて身構える。




 その瞬間、強い衝撃を腹部に感じ、後ろに吹き飛ばされた。


 俺は壁に激突するとともに、遅れて強い痛みを感じていた。




「がはっ。なんて速さだ。それにこの威力はなんだ。身体強化を限界までしてるのに」




 相手を見ると不思議な紋様の木剣がその右手に握られていた。どうやらあれで腹部を攻撃されたらしい。しかし、さっきは気づかなかったが、右手だけ何か色が違うような……。




 だが、すぐにそんな考えは意識の外に追いやられる。




 なぜなら、背後でフェアリスが強烈な殺気を放ち出したからだ。




「あなた、その右手、それに、その剣は……」




「あら?気づいた?素敵でしょ?」




「貴様!!!!!!!」




 フェアリスが駆けだす。しかし、相手のが速さは上らしい。


 流れるように連続で放たれた弓矢は全て僅かな動きで躱される。そして、接近しながら間隔をずらして放出された風の刃は相手の魔法で全て相殺される。




 相手は再び翼を広げると、先ほどのようにとてつもない速さで突進しフェアリスを吹き飛ばした。




 神樹の鎧は俺の防御と同程度。今の攻撃でダメージが通ったことは確実だった。






「せっかく再会させてあげたのにお礼の一つもないの?失礼しちゃうわ」




 再会?それにフェアリスのあの怒り、最悪の考えが頭をよぎる。




「まさか。その右手は……フェアリスの…………」




「わかっちゃった?そうよ。この右手はそいつの父親のを無理やりくっつけたの。


 痛かったわよー。それに、固定しているだけだから剣を振れるわけじゃないし。


 でも、神樹の剣を持って、私の速度で突き刺すだけで威力は十分。お味はいかが?」




 相手はクスクスと笑いながらそう言う。こいつはイカれている。


 その自分の体すらも道具として考えている姿には正直狂気を感じた。




 俺が思考に動きを止めていると再び突風、フェアリスが突撃する。それをあしらうクラウダ。


 そんな光景が目の前で何度も繰り返される。




 それは、俺が途中から加わっても状況が変わることは無かった。






 戦いながら徐々に場所を移動させられていく。正門から離れるように。


 そして、たった今民家に向けて吹き飛ばされたとき、そこに紐で縛られ震える住民を見た。




 それは、周囲に人質がいるかもしれないという可能性を暗に示唆し、フェアリスに使ったような広範囲魔法の選択肢を俺から奪っていく。






「勇者ってのは辛いわよね?守らなくちゃいけないもの。


 どう?これでもう選択肢は私に嬲り殺されるだけになる。まあ、大規模魔法を使ってもいいわよ?どうせ当たる前に逃げられるし」 






 全てやつの手の内だったらしい。状況は最悪だ。






「一つ、冥途の土産に教えてあげましょうか?


 貴方達を案内した人間ね、あれわざと見逃してたの。当然ずっと前から気づいてたわ。


 でも、策に使えそうだと思って取っておいた。そして、人間の軍が布陣したことがわかるように騒がしくして、警備の手をそこだけ緩めたら面白いくらいに上手く動いてくれたわ」






「つまりね、ここで勇者を殺せるように作戦を立てていたのよ。攻撃力が不足していたから武器を確保し、すぐに逃げられないように城壁に囲まれた場所にした。


 そして、私より速いやつなんていないからそれでチェックメイト。どう?人間がどれだけ愚かなのかわかったかしら?」






 そこまで言い切ると、クラウダはフェアリスを見る。彼女の姿は既にボロボロで弓は無残に折れてしまっている。そして、あの硬い神樹でできた鎧すらも亀裂が入っているようだった。






「でも、貴方には残念ね。


 貴方のお父様がはいい線いってたからもう少しドラマチックに演出してくれると思ってたのだけれど」




 「風を読めるのは別にエルフだけの特権じゃないのよ。少なくとも私と同程度の速度じゃないとかすりもしないわ。


 まあ、どうせ空を支配する私に勝てるわけないのだけど。


 じゃあ、そろそろ飽きたし終わりにしようかしら」




 嘲笑うような表情でそう言うとクラウダは翼をゆっくり広げていく。






 その背後では朝日が差し込み、夜が明けつつあるのがわかる。だが、それは希望の光では無いようだった。

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