第34話 並び立つもの
クラウダの翼がゆっくり広がっていくのが分かる。
そして、やつの目がどちらを向いているのかも。
背中に風を全力で当てて飛び出す。体の防御力を上回るほどに濃密な魔力を練ったため体が軋み、意識が若干遠のく。
だが、今それは無視だ。
俺の体は極限まで集中し、舞い上がる砂の粒すらもはっきりと捉える。
時間の進みがゆっくりに感じ、動かない自分の体に苛立ちすら覚える。
だが、どうやら間に合ったようだ。
フェアリスを横に突き飛ばし、彼女が驚愕したような表情になる。そして、左肩に強い衝撃が加わると何かが砕ける音と共に俺は勢いよく吹き飛ばされた。
ただ、吹き飛ぶ寸前硬い鉄球をイメージして土魔法を放った。
どうやら、やつを一時的に閉じ込めるのに成功したようだ。
ざまあみろ。
背中に強い衝撃が加わる記憶を最後に俺の意識は途絶えた。
◆
少し意識を失っていたようだ。音が聞こえず、目も霞む。その上、左肩は焼けるように痛くて、もうこのまま目を瞑っていたい気持ちになる。
フェアリスが目の前で泣きながら怒って俺を揺さぶっている。
そして、遠くでは鉄球に亀裂が少しずつ、着実に入りつつあるのが分かる。
どうやら俺は立ち上がらなくてはならないらしい。
勇者は最強だ、誰にも負けない。そうだろ?、自分に発破を掛けつつ遠のく意識を無理やり繋ぎ留めると回復魔法を使った。
体は万全とは言い難い。自分の体が瞬時に治るというイメージを普段からすることが無いからか若干痛みが残る。もしかしたら脳の信号が誤作動してるだけかもしれないが。
でも、動ける。まだ、動けるのだ。
だったらどんなに可能性が少なくてもやってやるさ。
俺は、立ち上がるとフェアリスに話しかける。
「フェアリス。風読みを使っててもアイツより早く動ければ攻撃が当てれるのか?」
少し、こちらの意図を探るような目をするが、彼女はすぐに答える。
「そうね。風読みは何かが動いてそれに伴う風の動きを事前に予測できるの。
だから、どうしても相手の動きの後に自分が動くようになるから、自分より早ければ攻撃は当たるわ」
「そうか。だったら頼みがあるんだ」
クラウダを取り囲んでいた鉄の壁は既に崩れつつある。あまり時間は無いようだ。
「俺が飛び出したらその背中に風を思いっきり当ててくれ。それで一瞬だけならあいつより早く動けると思うんだ」
さっきフェアリスを庇う時に全力で魔力を当てた。移動できた距離からすればほぼ同速度だっただろう。全力で駆け、更にフェアリスの力を上乗せればアイツより早く移動できるはずだ。
「……死ぬかもしれないわよ。流石のあんたでも耐えられない。さっき倒れてた時、攻撃が当たっていないところも酷い有様だったのよ?」
「それでもだ。知ってるか?聖剣ってのは生命の危機に陥ると自動で戦闘させるらしい。
でも、あの時はまだ俺の意志で動いていた。ならまだ余裕があったはずだ」
「…………………神樹を作ってあげるわ、それで鎧を作りなさい。
願いはあれから変わってないんでしょ?」
「いいのか?」
「……しかたないでしょ」
「ありがとう」
フェアリスが神樹を生み出す。そして、以前と同じように触れる。光が収まると俺は神樹の鎧を装備していた。これで最悪死ぬことは無くなったと思う。
俺の作った鉄球が完全に弾き飛ばされる。クラウダは大層ご立腹のようだ。
剣を構え、羽を広げる体勢を取った。
「いくぞ?」
「ええ」
その瞬間俺は全力で駆けた。そして、更に背後から強い衝撃がかかる。
正直、方向のコントロールをする余裕は無い。
ただ、真っすぐに、俺は一条の線となって駆け抜けた。
目の前にクラウダの姿が迫る。相手は怒った表情を保っている。
どうやら、俺たちはもう遅いとは言われないらしい。やつのそばを通り抜ける、聖剣の輝きが一つの命の火を消し去った。
◆
思ったより呆気ない幕引きだった。既にクラウダは死んでいる。
彼女は恐らく自分の死にすら気づかなかっただろう。これまで彼女が殺してきた相手と同じように。
「勝ったな…………なんとか」
魔力は尽きることはないはずだ。だが、全く体に力が入らない。
精神的な面もあるのかもしれないが。
駆け抜けたまま崩れ落ち、うつ伏せになっていると背中の方から声がした。
「勇者ともあろうものがなんて姿よ。私があげた神樹もダメにして」
フェアリスのようだ。うつ伏せになっているので後ろは見えない。体を動かすのも億劫なので諦めて声だけで応える。
「勝ったんだからいいだろ?」
呆れたような息が漏れるのが聞こえる。
「あんた、そんな無様な姿晒してていいわけ?」
「体が全く動かないんだよ。それに俺は無様と思ってない」
「あんたが思わなくても周りがそう思うわよ」
フェアリスは自己意識がかなり強いと感じていたのだがどうやら周りの目も気にするらしい。
少し意外だった。
「周りがどう思おうと関係ないさ。盗賊とはいえ人も殺してきたし、貴族だろうと怒りを向けた。
俺はな、自分がやりたいからやるんだ。そして、俺はしっかり守った。それで何が無様なんだよ。他人がどう思おうが知ったことか」
「…………そう。勇者は重責じゃないの?」
フェアリスの雰囲気が少し変わる。何か気に触割ることを言ってしまったのだろうか。
まあ、思ったことをそのまま行っただけだし、気にしてもしょうがない。
「別に俺一人でうまくやってるわけじゃないしな。サクラに寄りかかって、レイアに寄りかかって、最近はフェアリスにも寄りかかる。こんなので重責とかいったら怒られるさ」
「寄りかかる……ね」
「そうさ。俺は完全無欠の神様じゃない。何でもできるわけじゃないし、そっちの方がうまくいくならそうした方がいいだろ?」
正直、俺は屋敷も持ってないし、政治の知識も持ってないし、神樹なんてすばらしいものを生み出せるわけでもない。ただの脳筋勇者だから正直誰かを頼らないと何もできないのだ。
「……そうね。その方がうまくいくのかもしれないわね」
フェアリスはそう言うと少し無言になった。
少し風が吹き始めた。肌を撫でるような優しい風が。
◆
本当に変なやつだ。
最初は他の人間と同じように見下していた。
そして、戦いに負けてからは、負けるわけにはいかないと敵意を抱いた
でも、何故か今日は協力して戦った。
これまで私と対等な存在なんていなかった。
初めて人が横に立つ感覚は、むず痒いながらもどこか心地のよい感覚で。
もしかしたら、ただの勘違いかもしれない。
しかし、少しだけ。そう、もう少しだけ。
この自分勝手なようで、なんだかんだ他人を中心に置く変な男に試しに寄りかかってみよう。
それがどういう結果になるかはわからないが、今より悪くなることもそうないだろう。
エルフは思う。寄りかかってみよう。試してみようと。
しかし、それは彼女にとって、共に歩ける存在が現れたのだということには気づかない。
孤独は消える。誰かが横にいるならば。
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