第30話 涙の在処
出立から数日、船の操作にも慣れ、あっという間に前線にたどり着く。
味方がだいぶ混乱し、弓を構えだすが、馬車から引っぺがして熱で圧着させた紋章が効果を発揮しているようで、見える距離まで近づいてくると武器を下ろすのが見えた。
王都に馬を戻しに行った際、混乱の無いよう先触れを出すかという案も出たが、それより早くつく可能性のが高かったので混乱を承知で動いている。
もちろん、陣地近くではかなり速度を下ろしてできる限り混乱が最小限になるよう努力しているが。
慣れてきたこともあり、船は思った通りの場所にスルスルと着地していった。
こちらに指揮官らしき人が近づいてくるのが見える。
「ようこそお越しくださいました、勇者様。私はここを任されておりますダグラス・レイ・バルトロでございます。
聞いていたよりずいぶん早い到着でしたが、なるほど、これはまさに神の遣わした勇者というにふさわしい乗り物ですな。兵から船が飛んできたと報告を受けた時は何を寝ぼけたことをと怒鳴りつけようかと思いましたが。はっはっは」
立派な甲冑姿を着込んだ体格のいい騎士が豪快に笑いながらそう話す。まさに猛将といった佇まいだった。
「驚かせてしまって申し訳ない。これも前線へ着く速度を重視したためなのでどうか勘弁して欲しい」
今回は完全にこちらが悪いのは自覚しているので謝る。本当は事前に知らせ根回ししておくべきだが早く移動することを最重要視していたので謝るほかない。
「いえいえ、勇者様は一騎当千と伺っております。ならば、早く到着すればするだけ兵の損失が抑えられるというもの。お気に召されるな。むしろ感謝申し上げなければいけないほどです。
がっはっはっは」
大きな笑い声が爽やかに響く。そう言って貰えるとありがたい。
「バルトロ将軍。お久しぶりです。お元気そうで何より」
レイアは面識があるようで彼に話しかける。
「おお。ヴァルキア公爵もご壮健で何よりですな。それに後ろは勇者パーティの皆さまですかな?美人が来ると兵の士気もあがるというものです。これで我が兵士も皆一騎当千となれます。はっはっは」
ずっと笑ってるなこの人。本当に気持ちのいい人だ。
「では、勇者様もいらっしゃったということで早速軍議を行いたいと思います。天幕にご案内いたしますのでこちらへ」
彼は切り替えるように真面目な顔つきになると案内を始めた。
おそらく兵に余裕を見せる目的もあったのだろう。恐らく指揮官のおかげだろう、ここの兵士は皆戦意が高そうな顔つきをしている。
天幕に入る。そして、バルトロ将軍に加え参謀達が集まると軍議が始まった。
参謀の一人が地図を広げ説明を始める。
「現在、北方に位置する同盟国であるスノース連邦との共同作戦を実行中であります。スノース連邦が要塞に大量の物資を運びこむ動きを見せていることで、敵主力はそこにくぎ付け、また、我が軍の対面に構えていた飛行戦力のおびき出しにも成功しました。
また、西方でも陽動作戦が行われ、四天王のうち二人がそこにいることが確認されております。
よって、我が軍は手薄になった港湾都市アクアラインへ突貫、そこにいる四天王クラウダを討伐します」
参謀がそう説明した瞬間、後ろで椅子が倒れる音がする。
振り返るとサクラは俯き、フェアリスが椅子から立ち上がっていた。そして、その横には倒れた椅子。
「クラウダ…………アイツが……アイツがそこにいるのね?」
本来であれば、軍議を中断させられたことで文句も出そうなところだろうが、誰もそのようなことは言わない。
それほどまでにただならぬ雰囲気が発せられていた。
「そのようです。やつは空を飛ぶ。ゆえにこれまで位置を特定できていませんでした。
ですが、今回偵察がこれを発見した最優先目標となりました。
フェアリス様及びサクラ様におかれましては、因縁深き相手と存じますが、今は軍議を続けさせて頂いてもよろしいでしょうか」
バルトロ将軍が険しい顔でそう言う。
事情は分からないが、どうやら二人に深く関係する相手のようだ。
「…………ごめんなさい。軍議を続けて頂戴」
その後は淡々と軍議が続けられていく。
そして、最後にバルトロ将軍はこちらに向き直ると頭を下げて言った。
「もともと、本作戦においては、魔法支援を受けられない歩兵の被害を覚悟しつつ、魔術師を集中運用することで残存の飛行戦力に対応する予定でした。
ですが、勇者様も飛行手段を持たれているご様子、危険は承知ですが、何卒そちらをお願いできないでしょうか」
彼は悲痛な顔をしつつ更に深く頭を下げた。
「頭を上げてください将軍。俺は軍事の素人です。プロがそういうなら是非やらせてもらいますよ」
それを伝えると一気に天幕内が活気づいた。
「よし!皆聞いたな。我らには勇者様がついておられるのだ、負ける可能性は微塵もなくなった。
ここでクラウダを討てれば敵を押し返すことができるだろう。皆で歴史に名を残そうではないか」
『「おお!!」』
軍議が終わり、参謀達が力強い足取りで外に出ていく。
そして、フェアリスも止める間もなく天幕を出て行ってしまった。
レイアはバルトロ将軍と詳細な打ち合わせをするため、天幕に残らなければいけないそうだ。
未だに俯くサクラに声をかけ、俺とサクラは天幕の外へ出た。
◆
お互い無言で与えられた天幕まで歩く。
「………………何も聞かないのですね」
「サクラが言いたくないことを聞こうとは思ってないんだ」
再び沈黙が訪れる。
「…………我々獣人の国を滅ぼしたのは四天王クラウダなんです。
彼女は飛行能力を持つハーピィ族です。戦争当初の電撃作戦を指揮し、私達の国に加えて、人間の小国を二つとエルフの国を開戦後すぐに滅ぼしました。性格は苛烈で、執拗。私の父も戦いの中で殿を務めて死にました」
「サクラとフェリスにとっては憎い仇ってことか…………」
「そうなります。ですので、先程名前を聞いた時、少し動揺してしまいました」
「それは仕方ないさ。誰だってそうだろう」
「でも、前よりも悲しい気持ちは和らいだ気もするんです。
前は母と妹を私だけで守ってきました。父がいればと思ったことは何度もあります。でも、今は少しそれが変わってきたんです」
サクラはこちらをじっと見つめると少しほほ笑んだ。
何だろう?まぁよくわからんが嬉しそうだからいっか。
「そうか。ならよかった」
「そうですね。話したことですっきりしました。今日は早めに休ませて頂くことにします」
「ああ。わかった。おやすみ」
「おやすみなさい」
彼女はそう言うと、天幕へと入っていった。
◆
俺はサクラと話した後、そのまま天幕には入らずに陣地の中を歩いていた。
気づくと船の場所まで来てしまっていたらしい。
特に用は無いので戻ろうとすると、ふと、船の先で光が反射するのが見えた。
よく見ると金色の髪が風に揺られて煌めいている。
「大丈夫か?」
「…………なに?後をつけてきたの?」
「いや、散歩してたら偶然見つけてな」
「ほんとかしら。まあどっちでもいいわ」
フェアリスの横顔からは何も伺えない。悲しみも、怒りも。
「サクラに聞いた。今回の討伐対象が仇だってこと」
「あの場にいた人は全員知ってたはずよ?ほんとに何も知らないのね」
「わるいな、無知で」
「私はね、父をあいつに殺されたわ。だから、仇を取らなくちゃいけないの
エルフは同胞を殺したものを絶対に許さないから」
その口調からは怒りは感じない。ただ、淡々と事実を述べている。そんな口調だった
「ずいぶん淡白な物言いなんだな。家族を殺されたから恨んでいるってことじゃないのか」
「違うわ。私はただ、エルフの長として、為すべきことを為すだけよ
それが、彼らを導くために正しい姿だから。ただ、それだけ」
そう無表情に言うと、沈黙が流れる。
気づくと、雲がかかり、周囲が暗くなってきていた。
水滴が顔に当たる。ポツポツと雨が降り出し始めたようだ。
目の前で、雨粒が彼女の顔に当たり頬をゆっくり伝っていくのが見えた。
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