第29話 天を目指して

俺は、レイアが決めた出立日までの間、毎日、エルフの村を訪ねている。


 朝にフェアリスに会いに行き、警備の者に面会を断られ、その直ぐそばで一日中胡坐をかいて座り込むというのが今の俺のルーティンだ。




 警備の者は何とか俺をどかそうとするが、彼らでは俺に勝てない。


 傷つけないように気を付けながら俺はそこから動くことは無かった。


 それこそ、トイレすらも魔法で簡易の便所を作るくらいの徹底ぶりだった。




 そして、出立日と設定された三日目、フェアリスが大層不機嫌な様子で家を出てきた。




「あーもう!!!!邪魔!目障り!!うっとうしい!!!本当に面倒くさいやつね。


 はいはいわかった。一度だけチャンスを上げるわ。ただし、条件付きでね」




「ありがとう。どんな条件だ?」




「お礼なんて言わないで。逆にイライラするから。それに正直条件は満たさせるつもりはないわ。ただ、エルフの誇りにかけて理不尽なものでないから安心して。


 そう、条件はね、この森の中で私を日が昇りきる前に捕まえること。それこそ触れるだけでもいいわ。武器も魔法も使用可能、それに私とあんたの一対一。それでどう?」




 相手は相当自信があるのだろう。バカにするような表情でこちらへそう伝える。


 太陽を見ると天頂に対し半分を越えたあたりのようだ。


 時間的には一時間くらいだろう。それならいけるか?




「それでいい。いつ始める?」




「そうね。今からあそこにある果実の根元を弓で射るわ。落ちたらスタートよ」




「わかった」




 絶対に負けられない。体が集中し、周囲の心臓の鼓動すらも聞こえるような感覚になる。


 フェアリスが樹で出来た鎧を身に着ける。どうやらあれが神樹のようだ。見ているだけで安心感を与えるほどの力を放っている。




 そして、フェアリスが弓を構え、矢が放たれた。


 寸分違わず果実の根元を傷つけると、枝から切り離された果実が重力によって落ちていき、地面に触れた。




 最速で飛び出す、出し惜しみは無しだ。


 体の前に風の傘があるようなイメージ、そして、後ろからは風に押されているイメージ、体の動きに関連した二つのイメージにより、身体強化と風魔法を併用させて駆ける。




 だが、どうやら相手も同じように速度強化と風魔法を併用できるようだ。出力はほぼ変わらず、同じ速度。そして、相手のホームである森林地帯ということで僅かずつだが引き離されていく。




 くそっ!これじゃ勝てない。どうすれば追いつける?


 身体能力の差、これは無理だ。上限自体に差はないとレイアも以前言っていた。




 速度の増加、これも無理だ。空気抵抗も減らし、体が耐えられるギリギリの範囲まで押しだす風をイメージしているが相手もほぼ同じ速度が出せている。神樹の頑丈さは俺の限界並らしい。




 ルートの変更、これも無理だ。相手のホームにいるのにルート選択で勝てるとは思えない。聖剣で切り裂いていけば直進も可能だが、それでは若干のロスが発生してしまう。




 次に魔力継続時間、これは分からないが不確定要素が大きすぎるため無しだ。相手が終了時間を指定してきた以上、期待はできないと考えるのが現実的だ。






 どうすれば追いつける。考えろ。


 考えている間も時間は過ぎていく。太陽が天頂に徐々に近づいている。






 いや?待てよ。何も追いつく必要は無いんじゃないか。どうせこのままでも時間切れを迎えちまうんだから試してみるか。




 俺は全ての魔法を切ると土魔法で強大な石の壁を作り出した。




 相手は意表を突かれたようだが、この状態で更に攻撃魔法も使用できるようで岩を風で切り刻む。それに、速度は全く衰えていない。






 岩じゃダメか。だったら、風で切り刻めないような硬い金属のイメージだ。




 森全体を包み込むほどの魔力に前世のイメージを組み合わせる。




 俺たちの世界じゃな、エルフは硬くて大きいものに負けちまうテンプレ展開もあるんだよ!!




 周囲を取り囲むようなとんでもない大きさの金属の塊を生み出す。はるか上にある壁の端にネズミ返しまで付けてある力作だ。


 フェアリスは風魔法で攻撃を仕掛けるが先ほどとは違い、弾かれてしまう。




 その間に俺は壁をどんどん追加、相手に近づきながら範囲を狭めていく。


 そして、今、ボクシングのリングくらいの大きさの中に俺とフェアリスは立っている。




「どうだ?まだやるか?最悪変なところに触れちゃうことになるかもしれんが」




「…………あんたなんなのよ。出鱈目すぎるわ。こんな勝ち方してプライドは無いわけ?」




「プライドよりも大事なものがあるからな」




「…………わかった。私の負けよ。神樹を生成してあげるわ。ただし、一回だけね」




「ありがとう。本当に」




「お礼なんて言わないで。惨めになるから」




 とりあえず、森の中に作ってしまった鉄の壁を消していった。


 その間フェアリスは目を瞑り、魔力を込めていたようで、緑色の光の粒子が集まるようにして、一本の小さい枝がその手に姿を現した。




「これが神樹よ。正直、私が生まれてからお父様に記念にあげたやつを除くと二本目よ。光栄に思いなさい。そして、触れた時にイメージをすればそのまま形を変えるわ。


 まあ、今まで枯れさせずにそれを扱えた人間は初代勇者様だけだそうよ。枯れたら諦めることね。二度とやらないから」




 初代のみ。今が何代目なのかは知らないが、歴代勇者がどうたらとレイアは言っていたし俺が二代目でないのは確実だ。まあどうでもいいさ、どうせやることは変わらないんだから。




「ありがとう」




 小さな木の枝なのにとてつもない力強さを感じる。


 そして、羽の付いた船をイメージして神樹に触れた。




 その瞬間、神樹が強く光り輝き、視界が塗りつぶされるとともに、意識が沈んでいく。




 そして、転生してからの記憶が頭の中で巻き戻されるように写されていく。




 最後に孤児院のみんな、商店街のみんな、カエデとアオイ、アイン、そしてサクラとレイアの姿へと移り変わっていく。




 そうだ、この人達を守るって願いが相応しくないっていうのなら、間違っているのはあんたの方だ。俺は決めたんだ、何者からもみんなを守るって、だからあんたがそれを邪魔するなら俺は断固戦わせてもらう。覚悟しろよ………………………………




 そう最後に思うと、今度は意識が徐々に戻っていく感覚があった。








 意識が戻り、目の前に驚愕したフェアリスの顔がある。


 どうやら成功したようだ。




 先ほどは無かったはずのものがそこにはあった。






「…………相応しい願いって認めてくれたみたいだな。よかったよ。神様とは仲良くできそうだ」




「信じられないわ。あんた何を願ったのよ!!」




「そうだな……一言で言えば、みんなの幸せかな」




「理解できないわ……でも、現にここにある以上はもう何も言うつもりはない。


 これはもうあんたのものよ」




 そう言うと、彼女は去っていく。その顔色はうかがえなかった。ただ、恐らく悔しそうな顔をしてるんだろうなと思った。















 船の飛ばし方を少し練習すると、たどたどしいながらも飛ばすだけならできるようになってきた。


 そうしていると、元々ここにいることを知っていたレイアとサクラが近づいてくるのが遠めに見えたのでそちらに降下していく。








 レイア達が乗っている馬が空から降りてくる船に怯えた様子で嘶く。


 彼女たちも唖然とした表情でこちらを見ているのがわかった。




 風を船体の下から吹かせつつ、徐々に降下し、最後にクッションのような空気があるイメージで優しく着地させた。




「勇者様。まさかフェアリス様が協力して下さるとは……。これが神樹から作られた船ですか。まさに御伽噺に出てくるような存在ですね」




「なんとかな。とりあえず、準備完了だ。馬は戻すことになっちまいそうだが」




 サクラは驚きつつもほほ笑んでいる。


 加えて、レイアも驚きの顔からすぐに普段の無表情に戻っている。


 どうやら彼女たちはかなり思考が柔軟らしい。もしかしたら、変なことをする俺に慣れたのかもしれないが。




「流石は勇者殿というところだな。空を飛ぶ船等誰も見たことが無いだろう」




「だろうな。俺も正直実物を見るのは初めてだし」




「そうなのか?元から知っていたのではないのか?」




「知ってはいたが、見たことは無い。創作の中で出てくる存在をイメージしたからな」




「なるほど。まあ形は拘らんさ。いまさらだ


 では、いったん荷物やらを載せて馬だけ王都に返そう。フェアリス殿はどうした?」




「たぶん家だろう。少し前に別れてからは見ていないんだ」




 会うのが少し怖いが、俺は何も悪いことをしたわけじゃないししょうがないな。




「そうか。では迎えに行くか」




 馬がまだいるので俺だけ船に乗りながら森の入口に向かってみんなで向かっていく。


 そうして近づいていくとムスっとした顔のフェアリスとその護衛達が立っていた。




 先ほどと同じようにゆっくりと着地する。


 驚きの顔を見せる護衛と不機嫌そうな主人が印象的だった。






「あー……行くよな?」




「……行くに決まってるでしょ。そういう契約なんだから。さっさと行くわよ」




 そうして、俺の横を通り過ぎるとフェアリスは船に乗り込む。


 どうやら乗ってはくれるようだ。




「いったん王都に寄ってもいいか?」




「勝手にしたら?でも、これで勝ったと思わないことね」




「いや。あれはほぼ俺の負けみたいなもんだったよ。お前には追いつけなかった。


 すごいよフェアリスは」




「…………ふん。だったらいいわ」




 レイア達が馬で走るのが下に見える。いろいろあったが何とかなってよかった。








≪エルフの姫君の横には、それまで誰もいなかった。ただ、下を見下ろすのみだった。≫


≪でも今は横に並び立つ人がいる。彼女はその変化に気づいてはいないようだった。≫




 その船は高く舞い上がる。それはまさに頂きへも辿りつけそうなほどに。

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