第28話 孤高の姫君

翌日、サクラを連れ、エルフに会いに行く。


 実は彼らは王都付近には住んでおらず、以前俺が走っていった王都から東の森、そのまた奥深くに居を構えているそうだ。


 森の入口へはだいたい馬で二日ほどかかるので、訪れる人の絶対数が少ないうえ、その奥深くともなるとほぼいないのでそこに住んでいるようだ。どうやら、人間嫌いは種族単位のようでかなり根深い問題らしい。




 また、王都とのやり取りは人間が嫌いとはいっても必要なため、常時三人ほど王都に滞在させ、その者たちを通してやり取りするらしい。


 エルフは種族として魔力量に優れるうえ、風魔法の使い手でもあるので、移動速度が尋常じゃなく半日もあれば情報は伝わるようだった。






 今俺は、その駐在員に話を伝えた上でサクラをおんぶするようにして、森に向かっている。


 出立までの日数も無い中、俺はどうしても早く行きたい。だが、完全にアウェイな場所なのである程度相手が優しく接してくれているというサクラにはついてきて欲しい。その二つが合わさった結果、俺の中では彼女をおんぶして行くという結論になった。




 当然、それを話した瞬間、恥ずかしいから遠慮させて欲しいと彼女は言っていたが、どうしても早く行きたい、ついてきて欲しいと駄々をこねるように言うと、彼女はため息をつき、仕方がない人ですねと渋々承諾してくれた。


 すまん、サクラ、いつか借りは返すよ。






 ちなみに、エルフの駐在員は最初先導してくれていたが、俺の方がスピードが全然速かったので今は右手で横に抱えながら走っている。


 このため右手でエルフを横に抱え、左手でサクラをおんぶしつつ俺は魔法により風を避けながら最速で走っている。




 体感だが、三十分もかからず森に入口に到着した。森の中は流石に障害物も多いし、場所もわからないので、エルフのみをその場で降ろし案内をお願いすると珍獣でも見るような目で俺を見てきた。




 エルフの案内で森を進む。彼は森の中をまるで飛び回るようにして移動していく。そして、俺の方を自信ありげな顔で振り返ると、俺が真後ろに張り付いていることに気づいたのだろう。驚きと悔しさの混在したような顔でさらに早く移動し始めた。




 少ししてエルフの集落らしきものが見えてきた。どうやら、彼らの家は樹の上に作られるものらしい。


 そして、集落手前に立つ弓を持った皮鎧姿のエルフに止められると駐在員の彼が息切れした呼吸を整えた後で説明を始めた。




 どうやら、ここからは他のエルフが案内してくれるようだ。お礼を簡単に言うと、ここまで案内してくれた彼はこちらを睨みつけてきている。本当は丁寧にお礼をいうべきなのだろうが、喧嘩になりそうだからそっとしておこう。




 案内役についていく。彼は終始無言のまま、他に比べて大きな住居の前に立つ。


 そして、左右に控える不思議な文様入りの上質な皮鎧を纏った男達に説明を始めた。


 入室が許可されたようで中に入る。




 


 中には黄金に光り輝く金髪に透き通った水色の瞳を持つ久しぶりのパーティ仲間の姿があった。




「なんのようかしらキリュウイン?くだらないことなら容赦しないわ」




 彼女はサクラだけを見て、俺を視界に入れたく無いようだ。 




「突然の訪問大変申し訳ございません、フェアリス様。勇者様よりお願い事があり、こちらに参った次第です。どうか話だけでもお聞きください」




 彼女はそれを聞くとようやくこちらを視界に入れた。久しぶりに見るゴミでも見るかのような目がその不機嫌さを物語っていた。




「突然すまない。だが、頼む、神樹がどうしても必要で使わせて欲しいんだ」




 それを伝えた瞬間、濃厚な魔力の気配が部屋の中に充満する。




「……あんた。何を言ってるのかわかってるのかしら?それがどういうものか理解してるの?」




 ここに来る前にそれがエルフの宝で、彼らの誇り、とても大事なものなのだということは聞いていた。相手も譲れないのだろう、だが、俺も譲るつもりは無い。




「ああ。エルフにとってとても大事なものだと聞いている。だが、頼む、どうしても必要なんだ。」




 そして、俺はフェアリスに簡単に概要を説明した。早く移動するために、空を飛ぶ船が作りたいと。










「ふーん。まあ生み出すこと自体はできるわ。私の魔力を編み込むことで作れるのだし。でも無理ね。作ってあげる気は無いし、それにもしあんたに渡しても使えないわ」




 使えない?どうゆうことだ?




「神樹はね。相応しきものが持てばその願いに沿った姿に形を変えるわ、その大きさや形は問わずね。あんたの聖剣と一緒よ。ある意味あれは神様の一部なの。


 そして、聖剣と違うのはこの世に明確な形があるから誰にでも触れはするってこと」




「でもね。風の神はエルフと同じく気高いの。その身に触れたものが相応しい願いを持たない場合はそれ相応の罰を与えるわ。それこそ願いの大きさによっては命も奪うこともあるほどに。


 そしてそれと同時に枯れて無くなるのよ。物質化している神樹は聖剣と違って一度限りの奇跡しか与えない


 楽がしたい、自慢したい、所有欲を満たしたい。人間なんてそんなものよ。そしてあんたは楽がしたいだけでしょ?触って死なないにしても神樹は枯れるでしょうね。無理に決まってるわ」






 彼女はここまで言い切るとこちらを下らないもののように見る。




「わかったら帰りなさい。勇者だからって何でも許されると思わないで」




「待ってくれ!一度だけでいい。一度だけ。試させてくれないか」




 はいそうですかと帰るわけにはいかない。俺一人のことならいいだろう。


 だが、そうじゃない。俺を勇気づけてくれる人、心配してくれる人、涙を流してくれる人、いろんな人たちを背負ってる。自分勝手なのはわかってるが、それでも僅かでも可能性があるのにやらないわけにはいかない。






「嫌といったはずよ。調子に乗らないで」




「ほんとに一度だけでいいんだ!どうか頼む。やってくれるまで俺は何回だってお願いする」




 そうして俺は土下座の体制をとった。




「ふん。何度来ても答えは変わらないわ。さっさと帰りなさい」




 長い間そうしていると、彼女はしびれを切らしたのか先に出ていき静寂が生まれた。




「勇者様。諦めましょう。あの様子では無理かと思われます。恐らく、誰が頼んでも同じ結果だったでしょう。それこそ王が頭を下げようがエルフには関係ない。それほどまでに私達の間には深い溝が広がっているのです」




 サクラはそういってこちらを慰めるように言う。




「……そうだな。一度王都に帰ろうか」




 ここまでの道は覚えた。サクラをいったん家に帰そう。


 でも諦めない。それこそ出立まで何度だってここへ来る。


 自分以外が関係すると俺はわがままなんだ。















 エルフの姫君は不機嫌だった。




 人間は元から嫌いだ。エルフが敬う森を無闇に傷つけるだけでなく、その同胞とも平気で殺し合う。




 それになんなんだ今日のあいつは。以前はあれほど絡んでこなかった。


 召喚された直後は嘗め回すような目でこちらを見てきたが、冷たい態度を取り続けたら諦めたのかわけのわからない貴族との夜会とやらを楽しむようになっていった。




 プライドが無駄に高く人に頭を下げることなどなかった。それこそ、少し前までは私の物言いが気に障るのかあいつも近づいてくることなど無くなっていたのに。




 まあ、どうせいつもの気まぐれだろう。


 プライドが高く、楽な方に常に流れ、飽き性。それこそ努力なんてもってのほかだ。




 そんな勇者だからこそ明日にはまた退廃的な生活を送りだすだろう。






 魔王軍がエルフの住む原初の森へ侵攻してきたあの日。


 最初は簡単に追い払うつもりだった。私達エルフは速度強化と風魔法の同時使用が生まれた時から感覚的にできるうえ、魔力量が極めて多く継戦能力も高い。そして、弓の扱いにも長ける。


 その上で千里眼と風読みが種族特性としてあるので、森の中で戦えばそれこそ無敵だった。




 だが、魔王軍は一枚上手だったらしい。飛行が可能な魔族による障害物の無い上空からの攻撃と索敵、そしてそれにおびただしいほどの数による飽和攻撃を組み合わせて侵攻してきた。


 エルフは長寿な種族だがその数は多くない。そして、いくら継戦能力が高いとは言っても無限に体力が続くわけでは無い。隠れようにも空中にも監視の目がある中、その敵の数にすり潰されるように私達は同胞を失っていった。




 父は包囲に穴を開けるため敵に突撃し戦死した。元々死ぬ気はなかったはずだ。ハイエルフはただでさえ敏捷性の高いエルフに輪をかけて身体能力が高い。


 加えて、神樹の鎧を身に纏うことによる優れた防御力がある。風魔法を背に受けることによる加速を重ねると、森をまるで無人の空でも飛ぶように縦横無尽に駆け巡る。相手は死んだことにすら気づかないほどの速さだ。




 だが、ここまで緻密に作戦を立ててきた魔王軍はその情報も把握していたのだろう。


 敵の四天王は空を飛び、そしてその種族特性を活かして私達と同じく風魔法による加速を行っていた。同じ速さの二人、しかし本当の意味で何もない空を飛ぶ敵に最終的に敗れた。


 父は敵に傷を負わせ、エルフが包囲を突破するきっかけを作ってくれた。その命と引き換えに。






 父が死に、私は一族の運命を一身に背負っている。私が死んでも言い伝えではハイエルフが樹の幹から産まれ出てくるようだがそれまでは私しかいない。




 ハイエルフは神樹という神の御印を持つため同じ一族とはいえ、普通のエルフと対等な関係でない。彼らは私達を崇め、私達は彼らを導く。




 産まれた時から全てを持ち、父以外に対等な存在などおらず、高みにいた。




 誰にも負けたり、舐められたりするわけにはいかない。父が死んだ今、私がすべての誇りを背負っているのだから。それこそ、対等な関係すらも許すわけにはいかない。






 エルフの姫は、孤高を貫き、歩み続ける。

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