第23話 お礼を伝えるのは社会人のマナー

次の日、朝起きて廊下を歩いていると声をかけられる。




「おはようございます勇者様。昨日は本当にありがとうございました」




 そこには仕事服姿のカエデが立っていた。あれだけ遊んだ次の日もきっちりやっていて流石だなと思う。




「おはよう、カエデ。気にするな。俺がやりたくてやったことだ」




「いいえ。妹はとても楽しかったのか今日も鼻歌を歌って仕事に行きました。


 それに私も、両親が健在だったころと同じように心から楽しむことができたので。


 ですから、ありがとうございます。これから、もっと仕事を頑張りますね」




 気合を入れて握りこぶしを作っている。肩に力を入れ過ぎだと若い子特有の一生懸命さに苦笑する。






「もっと気軽にやっていいんだ。そんなんじゃこの先折れちまうぞ?


 仕事で大事なことはな。力の抜き方なんだ。


 お前の雇い主を見て見ろ、他の貴族に挨拶すらしない。前までは使用人も困るくらいコミュニケーションを取らなかっただろ。


 それでも、本当に大事なことだけはしっかりやる。そんくらいでいいんだよ」




 まだこの子も中学生に上がってすぐ位の年齢だろう。頑張るのはいい。でも、頑張り過ぎはいけないことを教えてあげる。






「……いいんでしょうか。それでも」




「いいんだよ。これまで大変だったのは知っているし、生き方を否定するつもりはもちろんない。


 でも、カエデはこれまで十分頑張ってきたんだろ?妹を守るために。


 だからさ。休める時は休んでいいんだ。レイアも、サクラも、俺もそんなに頼りなく見えるか?」




「……いいえ」




「なら甘えとけ、甘えられるのも今だけなんだからさ」




 そう言って頭を撫でる。


 恥ずかしそうにしながらも柔らかい笑顔が漏れる。




 ああ。孫を可愛がるおじいちゃんってのはこんな気持ちなのかな。


 俺もずいぶん歳をとったもんだ。






「わかりました。甘えたいときは甘えます」




「おう。それでいい。じゃあ責任者としてちょっくら昨日のお礼にでも行ってくるよ」




「いってらっしゃい。勇者様」








 お世話になった人たちにお礼を言いにいく。


 まずはレイアからだなと思い部屋をノックする。


 すると入室の許可が出たので中に入った。




「どうした?」




「いや、昨日のお礼を言いに来ただけだ」




「ああ。そのことか。別にいい。気にするな…………それに私も楽しめた」




 楽しいという言葉を聞くのはあまりなかったので少し驚く。


 しかし、同時にとても嬉しかった。




「そうか。それは何よりだ」




「貴方には感謝している」




「そりゃ働いたかいがあったぜ。責任を取らされなくてほんとによかった」




「ふっ。そうだな」




「じゃあ、他の人にもお礼を言いに行ってくるよ」




「ああ」










 次に商店街の人に挨拶を言いに行った。




「おはよう。昨日は本当にありがとうな」




「おお。勇者様か。俺たちも楽しめたから気にするな。これからちょくちょく子供達に会いにでも行こうかって話も出てるくらいだ」




「そうか。仲良くなれたようでよかった」




「今までは裏通りから出てこないってこともあって孤児院があることくらいしか知らなかったからなー。まあ、将来の客になるかもしれねえし構ってやるさ」




「本当に協力をお願いしてよかったよ」




「まあ、月の収入の半分近くをアインの腹で稼がせてくれる常連さんに言われちゃ断れないわな」




「これからも贔屓にさせてもらうよ。とりあえず、今日もいろいろ買ってくよ」




「まいどあり!!」












 そして、その次に孤児院に向かった。子供たちが俺の姿を見つけたようでこちらに駆けてくる。




『「勇者様!!お祭りありがとう!すごく楽しかった」』




「気にすんな。お前らも頑張って店をやって偉かったじゃないか」




 それぞれ得意げな顔をすると自分達の店が一番すごかったと張り合っている。




「院長さんにお礼に行くからまたな」




「またね!!勇者様」








 院長の部屋をノックする。返答があったので部屋に入った。




「おお。これは勇者様、子供達は皆楽しんでいたようです。本当にありがとうございました」




「こちらこそありがとうございました。商店街の人達も初対面だ。子供達が上手く動き出せるようにいろいろフォローしてくれていたのは知っています。


 ただでさえ忙しいのに、本当にありがとうございました」




「いえいえ。本当はわしらの仕事みたいなもんですからな


 勇者様には感謝してもしきれません。祭りを我慢する子供達を、何とかしたいと思いながらも余裕の無さについつい我々も諦めておりました。


 本当にありがとうございました」




「そうですか。お力になれたようでよかったです


 商店街の人へのお礼で買ったものですが、俺じゃ食べきれないのでお土産を置いていきますね。


 また今度アインと遊びに来ますよ。ではまた」




「ありがとうございます。いつでもお越しください」












 最後に、サクラに会いに行く。


 衛兵に挨拶をすると王宮に入り、執務室を訪れた。




「これは勇者様。昨日はお疲れさまでした」




「ありがとう。サクラには助けられた。本当にありがとう」




「いえ。昨日も言いましたが、私の方も理由があったので」




「そうだったな。貴族達にはまた、レイアに作法でも聞きながらお礼の手紙でも出しとくよ」




「そうですね。それがいいかもしれません。貴族様方はやはり気難しい方が多いので」




「そうなのか。まあ、屋敷に戻ったらすぐに書くさ。忙しいところ悪かったな。


 これで失礼するよ。またな」




「はい、お気をつけてお帰りください」




 屋敷に戻って書き方を聞くと早速取り掛かる。 


 営業の時は中小ゆえのしがらみか手書きで送ることも多かったし、書き方さえわかればこの優秀な体はどんどん手紙を完成させていった。















 そして、手紙を出して数日後、サクラが屋敷を訪れていた。




「今日はどうしたんだ?何か用があると聞いたけど」




「はい。実は今回勇者様が手紙を出された方の内、以前より勇者様と懇意にされていたブーデリア伯爵からの返信が私の元に届きまして」




 あれ?宛先間違えか?ふつーに他の人達のは簡単な返事の手紙が屋敷に届いていたけど。




「送り間違えか?悪いなわざわざ届けてもらって」




「いえ。どうやら屋敷の外で会いたいとのことで。


 その……この屋敷だと勇者様への面会はレイア様が全て対応するように以前一斉に手紙を送られておりましたので」




「なるほど、直接会いたいってことか。特に何の用かは書いて無さそうだな


 可能な日時と場所だけ返信して欲しいとある」




「はい。どういたしましょうか。」




 正直、懇意にしていたらしいがブーデリア伯爵とやらを俺は全く知らない。これは一応サクラにもついてきてもらった方がいいかもしれない。




「あー。悪いんだがサクラにも同室してもらうのは無理か?」




「私ですか?いえ、それはかまいませんが」




「頼むよ。じゃあ、会いに行くって返事しておいてもらってもいいかな。サクラの都合のいい日時で調整してもらっていいからまた後で教えてくれ」




「かしこまりました」




 なんなんだろうなー。そう思いつつ、お礼の手紙を送った手前会うことに決めた。

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