第24話 笑顔が語るもの
ブーデリア伯爵とやらに返信の手紙を送って二日後、俺とサクラはその屋敷を訪れていた。
馬車を前につけると、屋敷の中から使用人が出てきて丁重に案内をされる。
廊下を歩きながら周りを覗うと、高級そうな調度品がたくさん置いてある。
まさに貴族って感じの屋敷だな。
黄金色の壺に、立派な装飾付きの額縁に飾られた絵画、そして極めつけに大人二人分はありそうな大きな肖像画。もしかしたらこの絵に描かれた人がブーデリア伯爵なのかもしれない。
それに狩りが好きなようで動物や魔獣やらのはく製がたくさん飾ってある。
これは夜見たらちょっと怖いかもしれない。
そう考えていると応接間に着いたようだ。
すぐに主人が来る旨を伝えて使用人が去っていった。
入室の時、後ろに控えるサクラの顔がちらっと見えたがいつものように穏やかにほほ笑んでいた。
付き合うにつれて俺にも少しずつわかってきたが、今の笑みは少し憂鬱そうだ。
実は嫌いな相手だったんだろうかと連れてきてしまったことを申し訳なく思った。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。勇者様。お久しぶりでございます」
豪奢な服を来た小太りの中年男性が入室してくる。
どうやら、これがブーデリア伯爵とやららしい。
かなり美化されていたが、さっきの肖像画に描かれていた人の面影がある。
「いえ。さっき着いたところですので。して、ご用は?」
「おっと、お急ぎでしたかな。では、早速話に入らさせて頂きましょう。
しかし、勇者様もお人が悪いですな。私が大層な獣好きだとご存じだったでしょうに」
?どういうことだろうか。
「あー。どういうことでしょうか」
「はっはっは。焦らしますなー。先日、勇者様が開かれた祭りの話を噂で聞きましてな。
そしたら、勇者様が獣を飼われているというじゃないですか。
そして、屋敷に納品を行う業者に聞いたらそれはもう私好みのようだ。
王都に戻られる前に私がお招きした夜会も結局ご参加されず、不思議に思っておりましたがなんとなく理由がわかりましたぞ」
話が見えない。どういうことだろうか。
獣とはなんだ?アインのことだろうか
「さて、ここからが本題なのですが、どうか、そのペットをお譲り頂けないかと思いまして。
王都に戻られてからかなりの月日が経ちましたし、そろそろ飽きられてきたころでしょう?
新しいものを手配いたしますし、相応の謝礼も致しましょう。
我々の仲です。これまでと同じようにどうかよろしくお願い致しますよ」
「銀狼はうちの大事な家族です。お渡しできませんが?」
「?。ふふっ面白い冗談ですな。流石に私もそこまで悪趣味ではありませんよ。
欲しいというのは獣人の娘のことです。
どうやら混血のようですが全く問題ありません。いやむしろそちらのがいい。」
彼は勝手に機嫌がよくなるとそのまましゃべり続けている。
「獣はそれこそ虐げられておりますからな。私に引き取られればそれこそ本望でしょう
私の寝室で大層可愛がってあげますよ。
ああ、妹の方もとはもちろん申しませんよ?私の趣味ではありませんし。
それにそいつも厄介な獣人姿の姉がいなくなって清々するでしょう。片割れが獣の外見では自分すら火の粉がかかる可能性がありますからな」
愉快そうな笑い声が響く。
だが、それはどうでもいい。
この男は何と言った。ペット?寝室?
挙句の果てに姉がいなくなって妹が清々するだと?
「ふざけるな!!!!!!!!!!!!!」
怒号が響く。そして、俺の意思に呼応したのだろう。無意識に発せられた魔法は俺とサクラ、そしてこの男を除いた全てを引き裂く。天井は無くなり、青空がそのまま見えるようになる。
人は傷つけていない。どうやら若干の理性は残っているようだが、正直頭は沸騰し、この男が死ななかったのは運に近かったかもしれない。
「お前は今何と言った!?あの子はペットなんかじゃない!!!!!」
凄まじい魔力の氾濫に相手の顔が恐怖に染まる。ツンとした匂いがして相手がその股間を漏らしているのが分かった。
「何より許せないのはな、あの姉妹の愛情を侮辱したことだ!!!
どれほど姉が妹を想い。妹が姉を想っているか。それを貴様は知らぬだろう!!!
その汚い口で二度と彼女達を汚すな!!!!
わかったか!?」
胸倉を掴んで怒りをぶつける。その途端意識を失ってしまったようだ。
「くそっ!!胸糞悪い。帰るぞサクラ!!!」
「っ!はい!!」
廊下をイラついた足取りで歩く。応接間から響いた轟音に警備の者たちも出てきたようだが、俺が纏う怒りと魔力に近づく気配が無い。
そして、誰にも呼びかけられないまま玄関の扉を開けると、馬車にそのまま乗り込んだ
気分が徐々に落ち着いてきた。
それに伴い、周囲が少し見えるようになってくる。目の前でサクラが怯えている姿が見え、冷水を浴びせられたように頭が急速に冷静になる。
「わるい。怯えさせるつもりはなかったんだ。ただ……どうしても我慢できなくてさ」
「………………いえ。わかっています。あまりの魔力に充てられてしまいました」
正直、祭りで使った魔力ですら比較にならないほど濃く、圧縮された魔力が放たれていたのが今ならわかる。直接当たっていなかったとしても命の恐怖をずっと感じていたのだろう。
「本当に悪い」
「いえ」
沈黙が続く。その間に自分のしでかしたことを思い返すと、ちょっとまずいような気がしてきた。会う前に聞いた話によると、ブーデリア伯爵は国内でも屈指の財力を持ち、王国の軍事力を陰で支えている相当な重要貴族とのことだった。
そして、それに正面から喧嘩を売った俺。いや、正直かなりまずいかもしれない。
勇者のご印籠がどこまで通用するかわからないが、レイアにすらも被害が及ぶかも、という悪い考えがよぎる。
「なあ。サクラ」
「なんでしょう?」
「やばい、有力貴族に喧嘩売っちまった。どうしよう?」
不安な気持ちになり、俺はどうしようもないやつだなと思いつつサクラに助けを求める。
今までも政治やらなんやらは全部サクラがやってくれてたから正直どうすればいいかわからないのだ。
相当情けない顔をしていたのだろう。サクラは先ほどまでの怯えた姿が嘘のようにぽかんとした表情で俺を見ると突如笑い出した。
最初は小声で、そしてだんだんと我慢できないというように声を出して笑っていた。
しばらく笑うと落ち着いてきたのだろう。笑い過ぎたのかその目に涙を浮かべながらこちらを見る。
「ふふっ。本当に不思議な人ですね。なら、後でみんなで考えましょうか」
「はい……」
申し訳ない気持ちになって項垂れていると、再び、サクラは笑っていた。
「仕方のない人ですね、貴方は」
慈愛の女神のような声でそう言うとほほ笑む。
そして、その笑顔をチラッと盗み見て安心した。
よかった。どうやら機嫌はかなり良いようだと。
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