第6話 諦観の巫女

見つからない範囲で可能な限り急ぎ、窓から部屋に滑り込む。何とか間に合ったようだ。まだ、巫女様とやらは来ていない。




 ほっと一息つくとちょうどノックの音が響いた。




「勇者様。お目覚めでしょうか」




 扉越しに鈴を転がすような声がする。何の対処策も浮かんでないが、返事をしないわけにもいかないか。




「ああ、今さっき目が覚めたよ」


「お目覚めになられたようで安心しました。薬をお持ちしましたので部屋に入らさせて頂いてもよろしいでしょうか?」




「問題ない。入ってくれ」


「失礼いたします」




 その言葉と共に扉が開き、濡れ羽色の美しい黒髪、黒曜石のような綺麗な瞳、紅色の着物を身に纏い、狐のような耳を持つ若い女性が入ってきた。


 アイドルも裸足で逃げ出すほどの整った容姿をしている。これが例の獣人の巫女様とやらか。




「お顔の色も悪くないようで安心いたしました。回復魔法を重ねておかけしましたが体調はいかがですか?」


「ああ、体はとても快調だよ。しかし、頭を打ったのか少し記憶に混乱があるみたいだ。ここはどこかな?」




「ここは先の戦場から馬車で半日ほど離れた王家の別荘地です。共に行動していた騎士団は残党処理のために残しつつ、意識の無い勇者様をこちらへお運びしました」


「そうか。あれからどれくらい経っているんだ?」


「勇者様は3日の間お眠りになられていました」




 3日か。かなりダメージを受けていたみたいだ。まあ実際一度死んでるわけだし仕方ないか。




「なるほど、ありがとう。この後はどう行動することになるかな?


「現在は特段大きな戦闘もありませんのでいつも通り王都に戻られる形でよろしいかと。


勇者様が必ず参加されるとおっしゃっていた例の夜会も5日後に行われる予定ですし。」




「そうか。王都にはどれくらいで着く?」


「明日の朝に出られれば何とか間に合うかと」


「わかった。明日の朝出られるように準備をしてもらえるかな」


「かしこまりました」




「では、薬と果実水はこちらの机へ置いておきますね。もし食欲もあるようでしたらお食事もお持ちいたしますが?」


「そうだな。食事を頼むよ」


「かしこまりました。すぐに運ばせますので少々お待ちください」




 女性が部屋を出ていき一人になる。




 よし、なんとかなったか。ほとんど事務的な会話しかしてないけど最初の感触としては悪くないんじゃないか?


 このままへましないように何とか乗り切れるといいが。















 既に作り置きのものがあったようですぐに食事が運ばれてきた。


 給仕らしき人達が目の前に料理を並べていき、おいしそうな香りが漂ってくる。


 それと同時に体が強烈な空腹感を訴えてきた。




 最初はゆっくり手をつけていたが、次第に勢いが増ていく。少し薄味ではあるが、どれもとても美味しい。


 かなりの量が用意されていたものの、あっという間に食べ終わってしまった。




 食事を終えたのを見て、食器が手際よく片付けられていく。最後に一礼して全員が出ていき、それと入れ替わるようにして先ほどの女性が入ってきた。




「失礼いたします。明日の朝に出発できるように手配いたしました。荷物等もすべてこちらでまとめておきますので勇者様は明日までおくつろぎください。


恐らく、薬の効果でもうしばらくしたら眠気が強まると思いますので」




「わかった。何から何までありがとう」




「いえ、これが仕事ですので。それでは失礼いたします。」




ベッドで横たわっていると言われた通り眠気が襲ってくる。




 全然不機嫌な感じも無いし。むしろ好意的なんじゃないか?かなり親切だし。


 まあ噂は誤りだったって線も十分あり得るな。とりあえず、明日の朝には出発するらしいし今は寝て長旅に備えておこう………………















 獣人の巫女は自室にて思案にふけっていた。




 勇者がようやく目を覚ました。


 これまでとは正反対なほどの、柔らかい態度と言葉遣いで接してくるが、いつもの気まぐれか、何か変なことでも考えているのだろう。




 たった一人で敵陣に突撃し、四天王を倒した。これまでの功績もありその戦闘力はまさに英雄と言えるものだろう。


 しかし、その人間性は最悪だ。王国は国民に厭戦感を抱かせないようイメージ操作により理想の英雄像を作り上げようとしているようだが一部では既に噂が立っている。




 奴隷がちょっとしたことで暴力を振るわれ、機嫌が悪ければその命すらも奪われる。


 女を攫い、無理やり組み伏せ、次第に廃人のようにさせられる。


 縋りついて助けを乞われようが、謝礼を出せないような貧しい村が見捨てられる。




 そんな光景をこれまでたくさん見てきた。




 王国も自国の利益になることをしてさえいればいいようで、私からの監視報告で状況を把握しているにも関わらず無干渉を貫いている。


 それどころか、勇者の機嫌を無駄に損ねない意味でもある程度好きにさせるように命令されている。




 子供のころに憧れた、理想のヒーローなどどこにもいない、弱者は搾取され虐げられるのみ。




 勇者が嫌い。この国も嫌い。そして、何もできない自分自身も嫌いだ。


 何もかもに絶望し、もはや全てを諦めている。




 大事な家族を守るために。それだけを心の支えとして。




 獣人の巫女は、空虚な笑顔で、静かに佇む。

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