第1話 吸血鬼
「―吸血鬼め、覚悟!」
「こ、殺された仲間の仇だ!」
「―人間か…」
人里離れた、山奥深くある私の居住に侵入してきた、血走った目で私を見る2人の男。
剣を構えて、決死の表情で私に対峙している。
またか―
嘆息しながら、私は目の前の相手を見る。
私が存在して幾年月。
神として崇められた時もあり―またある時には、悪魔として恐れられる。
「―仲間、か…」
人は群れを成す。
私を敬うときも、恐れるときも―人の集団の意思が、大きな固まりとなって彼らを支配している。
恐れ、憎しみ―強い負の感情が、彼らを支配しているのだ。
その感情は、こうして彼ら自身を、こうした行動に走らせる。
仲間―
彼らが―人が持つ、連帯意識。
「―ふんっ」
それは弱い個の象徴。
虫と同じく、群れなければ何もできないのだ。
私に向けられる目を見つめ返す。
私を見る目は憎悪と―それだけではない、何か別の感情にとらわれているように見える。
震える手で剣を私に向けた2人が切りかかって来る。
緩慢な―まるで時が止まっているようにさえ感じるその剣速―
何が、彼らをこの行動に走らせるのか。
私には理解できない。
到底かなわぬことは分かり切っているだろうに。
人が、人間が、この私にかなうはずなど、決してないのに。
「―くだらない…」
ただ、素手で受け止め、少しだけ力を込めるだけで、ほら―
「ひ、あああっ!!!」
「ぐ、ああああ!!」
枯れ枝のように、簡単に折れてしまう。
物言わぬ骸になる運命が分かっていて、なぜそこまで『仲間』とやらのために行動できるのか。
私は
絶対的な存在であり、
私には、どうしても理解できない。
何百年も繰り広げられた、この光景―
私は自分の指先から滴る血を舐めとりながら、そう思っていた。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
彼らの残骸を処理した後、私は『力』を使い空を飛んだ。
両手を広げ、それが大きな漆黒の翼へと変化する。
闇夜の空をはばたき、眼下に見える人の町の明かりを見る。
人が行き交うのを見ると、かつて人間が私に投げかけてきた言葉が蘇ってくる。
―神よ、われらをお救い下さい―
―雨を、どうか雨を―
―悪魔め、消え去れ―
―子どもを、子どもを返してくれ―
人とは、本当に弱い存在だ。
力に容易に支配される。
人の手に余る災いが起こり、多くのものが失われ―そしてやがて、人同士の憎しみが生まれる。
それらは、天災であり、戦争であり―災いによって生み出される、負の連鎖であった。
それを断ち切ろうと、多くの者が私の力を求めてきた。
私が超常の存在であることが分かっていても、私の力を求め、代わりに代償を差し出すのをやめることはない。
そして―私への畏怖と憎悪が、螺旋のように渦巻いていくのだ。
―くだらない生き物だ。
争いを止めない。
争いを止めるために、他者の命さえ差し出す。
何も知らず、街を行き交う人間たち。
笑い合う男女。
手を取る親子。
数人で騒いでいる男たち。
私には存在しない―『仲間』というもの。
それは私には必要のない存在。
群れるのは弱い個の象徴。
何の感情も湧くことなく、私はそのまま夜の空を駆けていった。
―生き血を求めて。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
こうやって私は生きてきた。
人と人の争いを俯瞰し、力を求められ、その代償に血を捧げられ―また同時に、誰かの憎悪を買いながら、存在し続けてきた。
人とは何なのだろう。
私を求める一方で、私を憎む。
最初、人は―私にとっては食料ではあったが、それ以上でも以下でもなかった。
必要以上には血を吸うこともしなかった。
死に瀕する者。
病に伏せている者。
そういった者たちがもつ『死の気配』を嗅ぎ取り―そういった者たちの血を吸い、生きてきた。
今とは違い、私は憎しみの渦の中にはいなかった。
しかし、いつからか、私は私が持つ強大な力を求められ、生贄が捧げられるようになり―
私は、人の集団が持つ膨大な負のエネルギーの中にいるのに気が付いた。
それから私は、私自身の血の本能が目覚めるのを感じ、血を求めるようになっていった。
血を吸う歓び。
全身が活力にあふれる瞬間。
吸血鬼としての本能は、私をさらに争いの渦中へと導いていった。
それから幾年か経った、ある日のこと。
その日は嵐の気配を感じ、私は早くから自分が住む屋敷に結界を張り、備えていた。
薄暗い夕暮れの中、窓の外に、大雨と風で真横になぎ倒される木々を見つめていると―
「―ん?あれは…」
ふらふらと力弱く、嵐の中さまよっている一人の人間がいた。
深くローブを被り、男か女かもはっきりしない。
「―なぜここにいるのだ…結界の中のはず…」
私が張った結界の中に、なぜ人がいるのか。
今までなかった事態に、混乱していると―一本の木が風になぎ倒され、その人間に向かって倒れていった。
「―っちぃ!」
いつもであれば―そう、いつもであれば、私は人間など何人死のうが何も感じはしなかった。
私に恨みを持ち、敵討ちとばかりに無駄死にを重ねていく人間たち。
彼らの、憎しみと―何か他の感情が隠れた、あの表情。
何の感情も、抱いていなかった。
人間たちが、仲間に向けるその笑顔。
生贄の娘の仇だと私に迫ってきた父親の顔。
何の感情も、抱いていないはずだった。
私の腕の中で脱力していく、幼い子ども。
血の気が失せ、やがて動かなくなる、子ども。
私は、それらに何の感情も、抱いていないはずだった。
なのに、その瞬間―私が『命を奪う者』なのだと感じた、その幼子が動かなくなった瞬間を思い出すと―
窓を飛び出し、私はその人間の前に出て、倒れ掛かる木を魔力で受け止めた。
そしてそれを砕き、背後で倒れるその人間を背負い―屋敷の中へと運び込んだ。
それが、私とローラの出会いだった。
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