命の価値―吸血鬼とひとりの少女―

さくら

プロローグ

遥か昔から、私は存在してきた。


この世界が生まれ、幾多の生命が誕生し―そして、人間が誕生したころから。


自然を恐れ、天災に神の怒りを知り―そして、人が心に安息を求め、宗教が生まれたころから。


そして―人の中に、悪が生まれたころから。




数え切れぬ人柱の命を啜り、その血を己の力として―


時に人に神と崇められ―またある時は、悪魔として恐れられた。




私は


生を超越した者。


終わらぬ命を持つ者。


超常を操り、他者を蹂躙し、その命を食らい、永遠ともいえる生を生き続ける者。






そして―『永遠の孤独』を生きる者。




吸血鬼ノスフェラトゥだった。




私は支配者であり、生と死を司る者であった。


私に恐れるものなど、何もありはしなかった。




私にとって、人は単なる食料でしかなく―争ってばかりいる、脆弱で愚かで―憐れな生き物でしかなかった。


群れることでしか行動することができない、単なる栄養源でしかなかった。




幾千年も、私はそう思ってきた。




群れるのは弱い個の特徴であり、私には必要なかった。


私は強大であり、唯一であり―それゆえ、『私と対等の者』は存在しなかった。


私はそれが当然の事実であり、私が一人であることも、当然のことだった。




人を理解しようと考えたことなどなかった。


争いを繰り返すだけの愚物。


それを理解して何になろう。


だから私は、ただ自分の中の衝動に従っていた。


ただ、私自身の中の渇きを癒すために、私の中の『血の衝動』に従っていた。




そんな私を見て、誰もが驚愕し、恐怖し、命乞いをし―そして、私の腕の中で冷たくなっていった。




私は超越した存在―だからその反応が当然だった。




私の隣に、他の誰かがいるなど―私は、想像したこともなかった。




なのに


なのに私は知ってしまった。


あれほど私の心を埋め―相手を求め、焦がれる、あの激しい感情を。




それは、人でもない私には必要のないもののはずだったのに―。






今でも、目を閉じればすぐそばに感じられる。




私を真っ直ぐ見つめる、あの濡れた瞳を。


私の名を呼ぶ、あの声を。


そして―私の唇を受け入れた、あの柔らかな唇を。




それを思い出すと―溢れる激情が私を包む。




この胸が張り裂けそうなほど苦しくて、それでも嬉しくて―


そのたびに、私は思うのだ。




それが―どんなに私を満たしていたのかを。




それがどんなに―そう、人の言葉で言う『幸せ』で―『満ち足りた』日々だったのかを。




そして―どんなに私が望もうとも、決して戻ってはこないことを。




そう、今思い起こせば、確かに優しい、穏やかな日々であった。






私は吸血鬼ノスフェラトゥ


永遠の生を生きる者。




ここに記すのは、私が唯一愛した―私に愛を教えてくれた、一人の少女との物語だ。




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