第26話 千歳

 次に乗ったのは元自衛隊のお兄ちゃん。プロペラ機の着陸が下手くそでクビになったとしょげていたが、着陸が出来ないのによく無事でいられたものだ。

 この元自衛隊のお兄ちゃんに岩見沢の手前まで乗せてもらい、それから2台乗り継いで千歳に着いた。千歳でわざわざ降ろしてもらったのは、キリンビール工場に寄りたいと思ったからだ。工場に行けば出来立てのビールを、樽から直で飲ませてもらえるらしい。

 歩いて工場を探す。サントリーやカルビーの工場がもくもくと真っ黒い煙を吐き出している。その向こうが目指すキリンビール工場だ。あの、犬と龍を足して2で割ったような生き物のマークが見えている。

 でっかい駐車場には数台の観光バス。運転手のおやじが暇そうに鼻クソをほじっている。

 工場内は参観料を払えば見学できるが、ビールの商品化されるまでの過程よりもビールそのものに興味のある僕たちは、おみやげ館に直行する。

 おみやげ館にはビールはもちろん、ジョッキから栓抜きまで揃っているが、肝心の樽が見あたらない。ここでは飲めないらしい。

 蔵を改造したレストランを発見した。入り口から中の様子をうかがう。オレンジ色に照らし出された空間には、おしゃれなイスとテーブルが礼儀正しく並び、正装のウェイトレス数人がバランスよくビシッと配置されている。全体的にもの静かに仕上がっていて、薄汚い僕たちがビールを一杯だけ頼んでくつろげるような雰囲気ではない。

 値段も生ビール1杯800円ほどで、これに1品つけようと思うとちょっと手がでない。樽を前にして退くのはつらいが、僕たちは我慢の子である。重い足取りで工場を出る。

 ビールにありつけなかったせいか、無性にのどが乾く。サントリーの工場に入ってジュースでもと思ったが、自動販売機しかなかったのでやめた。

 当然、カルビーの工場には目もくれずヒッチ開始。車はびゅんびゅん走っていて、止まりそうにない。ICまで行かなければ無理そうだ。何のためにこんな所まで来たのだろう。

2人とも黙って歩いているところに、だいぶ年輩の夫婦が止まってくれた。僕たちがビール工場でさんざんだったと言うと、この近くに面白いものがあると言って、インディアン水車を見に連れていってくれた。

 これは天塩川を上ってくる鮭を捕獲するために開発されたものだ。水面が黒く濁るほどたくさんの鮭の背びれがゆっくりと波打っている。行く手には決して乗り越えることの出来ない壁。数分に1匹、水車に飛び込んだ鮭が打ち上げられる。見ている僕たちにはその繰り返しだが、鮭たちはその瞬間ですべてが終わる。

 たくさんの店が建ち並び、広い駐車場は車でいっぱい。人がたくさんいて賑やかではあるが、面白くもなんともない。おっちゃんが構えるカメラに笑顔を作るのが大変だった。

 この夫婦に降ろされたのが、国道沿いにポツンとあるコンビニ。辺りはもう真っ暗になっている。ここで今日の昼に「理尾」のファルコンが作ってくれたおにぎりを食べる。大きくて2つ食べるのがやっとだ。

 コンビニの前に座り込んでいると、郵便局員風のおじさんが話しかけてきた。気の良さそうなおじさんで、定年間近といった感じだ。僕たちに大変興味を持ってくれ、函館に行くと言うと、方向が違うが家に泊まりに来ないかとまで言ってくれた。

 地元の人に泊めてもらって、その土地の話をじっくり聞けたら最高だし、こんなチャンスはまたとない。

 どうしようか、かなり迷ったが、結局そのまま移動することにした。僕たちは明日中に函館からフェリーに乗らないといけない。フェリーとの乗り合わせのことを考えると、今日中にもう少し函館までの距離を縮めておきたかったのだ。

 今思うと惜しいことをしたと思うが、時間と競争していた僕たちには仕方なかったようにも思う。

 僕たちはおじさんを見送った勢いで、ヒッチを再会する。

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