第18話 吹上温泉

 もじゅと僕は段ボールを脇にかかえ、雨のあがった富良野を歩く。今日のねぐら、空知川にかかる一本の橋に向かって歩く。この場所も萱原のすすめだ。

 僕たちは橋の下にもぐり込む。辺りはもう真っ暗で強い風まで吹いている。そんな中でランタンと懐中電灯を頼りに米を炊き、食べる。今日の米は上出来だ。もじゅも文句を言わず食っている。

 食事が終わると、簡単に片づけて焚き火をする。すぐ目の前に流木がたくさん転がっているので、それを組んで火をつける。様々な色に辺りを照らす温もりを眺めながら、萱原のことを話す。

も「ホンマに来るんかなぁ?」

中「来るやろぉ、多分。」

 萱原は11時にバイトが終わり、一度家に帰ってから車で僕たちを迎えに来る約束になっている。時計を見ると、針は11時を少しまわったところにある。さっきスーパーでもらったぶどうを口に入れては、皮を火の中に吐き出す。炎は2人の影をゆらゆらとゆらしながらこっちを見ている。

 萱原が来た。背中からの声に振り返ると、土手を転がるようにして下りてくる。

 どうせここに戻ってくるので、貴重品とタオルだけを持って萱原の運転する車に乗り込む。途中、コンビニに寄ってビールを購入し、車は山道に入っていく。

 30分ほどで到着。車2,3台とバイクが数台とまっている。萱原は懐中電灯を持参していた。ここから真っ暗な石段を下りて行くのだ。Tシャツになって下りていくのは、下に脱衣所がなく簀子が数枚置いてあるだけなので、衣服が雨で濡れてしまうからだ。

 すぐ後に来た3人組も一緒になって下りていく。本当に真っ暗だ。1つの明かりを頼りに6人が肩を寄せ合って進む。

 この吹上温泉は明かりがないため、知っている人はライトを持参する。ただし、女性も入るので、湯は照らさないのがルールだ。

 先客に「こんばんは」と声をかけ元気良く入っていく。湧き出ている温泉が高温なため、近くの川からホースで水を入れているがまだ熱い。見上げると真っ黒の世界から小さな白い粒が無数に降ってくる。いつの間にか、雨が雪にかわっていたのだ。夜空に星を見上げながらというのも良いが、こんな夜も悪くない。北海道の寒さですっかり冷えてしまった体が溶けていくようだ。

 さっきの3人組も入ってきて、旅の話を交換しながらあったまる。お互い顔も名前も知らないが、3本のビールをみんなでまわしながら語る。

 上の方で女性の声がした。大騒ぎをしていた僕たちは急に水を打ったようになる。高い声が近づいてくる。6人は息を殺して闇を見つめる。

 残念ながら女3人男3人のグループだ。地元の若い富良野娘が人目を忍んで夜の楽しみにやって来たのではないらしい。しかし、女の人も入りに来るというのは本当だったのだ。水着を着るでもなく、タオルを巻いただけの姿で目の前に、そうほんの1mの距離に座っているのだ。凄いでしょ!いいでしょ!でもね…。

 全身真っ黒!暗くて何も見えない!どんな形なのか、どんな顔なのか、本当に女なのかさえ分からない。ただ真っ黒。どうなん、これ!

 というわけで、緊張のあまり話が続かなくなってしまった僕たちは、ゆっくりと湯から上がり着替えを始めた。真っ暗で何も見えない状態なのに、大事な部分をしっかり隠してしまう自分がおかしかった。

 車に着いても、体の内側がほくほくして上着が着られない。そのまま出発する。萱原が今から橋の下で寝たら寝冷えするから家に泊まらないかと言ってくれた。ここまで世話になればついでだ。言われるがままに、橋で荷物を積み込み萱原家へ。

 萱原の家は新築したてで、前に住んでいた家はそのまま隣りに建っている。旧家には電気、水道はもう通ってないが僕たちが寝るだけだから何の支障もない。ただちょっと怖い。物陰から何か出てきそうだし、頭の上のオードリーヘップバーンは今にも笑いだしそうだ。 僕ももじゅも目をつぶった途端にいびきをかきだした。

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